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「もう一つ上の日本史」書評 旧説・俗説の問題点 丁寧に指摘

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年06月06日
もう一つ上の日本史 『日本国紀』読書ノート 古代〜近世篇 著者:浮世 博史 出版社:幻戯書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784864881913
発売⽇: 2020/02/25
サイズ: 19cm/432p

もう一つ上の日本史 『日本国紀』読書ノート 近代〜現代篇 著者:浮世 博史 出版社:幻戯書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784864881920
発売⽇: 2020/03/27
サイズ: 19cm/505p

もう一つ上の日本史 『日本書記』読書ノート・古代~近世篇、同・近代~現代篇 [著]浮世博史

 一昨年刊行された百田尚樹氏の歴史随筆『日本国紀』は、大ヒットの半面、事実誤認、誤解を招く記述、極端な解釈などが、評者を含め各方面から指摘された。中でも注目されたのが、現役の歴史教師である著者が「こはにわ歴史堂のブログ」で連載した『日本国紀』批判で、その記事は200を超えた。本書はその書籍化である。
 『日本国紀』の膨大な間違いを一つひとつ俎上(そじょう)に載せると細かくなりすぎてしまい、揚げ足取りと非難されがちだ。ただ『日本国紀』は、一般読者が陥りやすい勘違いや、世間で流布する雑学風の「物語」を多く含んでおり、これらを訂正することは百田氏への攻撃ではなく、社会的意義を持つ教育活動である。
 本書は、「遣唐使の廃止によって大陸からの文化の流入が止まり、日本独自の文化が生まれた」「元禄時代の荻原重秀はケインズを200年以上も先取りしていた」といった旧説・俗説の問題点を丁寧に指摘している。『日本国紀』は近代日本の対外戦争やGHQの占領政策については概(おおむ)ねネット右翼の言説に沿っているが(一部、司馬史観の影響も見られる)、これらの記述にも実証的に反駁(はんばく)している。
 平安後期には武士たちが「シビリアン・コントロールならぬ貴族コントロール」の下に入っていた、ペリーの来航に江戸幕府はちゃんと備えていた、といった著者の指摘は特に重要だろう。『日本国紀』の「隠しテーマ」は百田氏自身が語るように憲法改正であり、平安貴族・江戸幕府・護憲派を「平和ボケ」「一国平和主義」と指弾する〝百田史観〟の根幹が揺らぐからだ。
 解説が簡略すぎる箇所(兵農分離ほか)、特定の説に偏った箇所(関ケ原ほか)など、気になるところもあったが、学び直しの契機に適している。著者が説く通り、土台となる事実が誤っていれば、一見もっともらしい「歴史観」も砂上の楼閣にすぎないのだ。
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うきよ・ひろし 奈良県河合町の私立西大和学園中学・高校社会科教諭。著書に『宗教で読み解く日本史』など。