短歌は中学生の時に苦手と感じた記憶があったのですが、時は流れて2016年初夏、青土社の月刊誌「ユリイカ」から「短歌を作ったことのない人の短歌企画」でお声がかかり、5首を掲載していただきました。その後、歌集出版の依頼があり、3年間で作った700首から236首を選びました。より楽しんでいただくために、作歌中のドキュメント的エッセー10編、作歌を助けてくれた書籍リスト、自分で描いたイラストも追加しました。
月50首と目標を決め、休日や仕事の移動中などに作歌して送る作業を一人で繰り返していると、楽しいけれど煮詰まりそうで。想像上の短歌の友を「タンタン」と名付けて単調な作歌にならないよう工夫しました。タンタンが特に好む短歌は芝居にまつわるものでしたが、私のお気に入りは役者の珍妙なところが出ているこの歌です。
《本当はここで涙を落としたい
でもあと五行先との指示で》
感情が高ぶって涙が出そうでもカメラの移動を待たねばと我慢しているうちに、涙が鼻に回って鼻水ばかりで目に出てこなくなる。撮影の裏側を笑っていただければ幸いです。
短歌は趣味の渓流釣りに似ているかもしれません。当初は「逃げ回るコトバ達(たち)」を「自然体のまま捕獲する」ことに夢中でしたが、今は自分のコンディションを確認し、「記憶や感情の流れに辛抱強く竿(さお)を差して、一つの言葉を釣り上げる」ことができるようになったかな。そうだといいなと思います。
《2メートル間を開けて併走す
少年自転車 ドリブル少年》
これは自粛生活中に作った短歌のひとつ。非常事態のルールの上でも、マスク姿で友達と一緒に風を切る爽やかさを見て、私の心も軽くなりました。(構成・久田貴志子)=朝日新聞2020年6月17日掲載