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「コロナの時代の僕ら」 事態の本質 温かくも厳しく指摘 朝日新聞書評から

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年06月20日
コロナの時代の僕ら 著者:パオロ・ジョルダーノ 出版社:早川書房 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784152099457
発売⽇: 2020/04/24
サイズ: 183×116mm/128ページ

コロナの時代の僕ら [著]パオロ・ジョルダーノ

 コロナ禍の混乱が我が国で始まってすぐ、評者が信用する何人かがこの本を引用して発言をしていた。その引用ですでに著者パオロ・ジョルダーノが本質をつかまえていることに疑いはなかった。
 例えば冒頭の「多くの人々が同じような今を共有しているはずだ。僕たちは日常の中断されたひと時を過ごしている」という一文が、早くも2月末に書かれている。これは今なら地球規模で共感されるだろう。
 著者はイタリアの若き有能な作家だが、もともとトリノ大学で物理を学んでおり、いわば理系の頭脳を持ち合わせている。その彼がイタリアで感染者が出始めた2月末、現地の新聞に寄稿したのが始まりで、それが大反響を呼んだ。
 そこから書き下ろしが3月4日まで続き、同月20日付でまたイタリアの新聞に寄稿した「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」が併せて読める。ほぼコロナ禍のピークを1カ月以内で俯瞰した形だ。
 思えばあの時点でここまで冷静に、かつ人類に対する厚い信頼と深い絶望をもって事態を切り分けた人が他にいただろうか。
 まず著者は第三編でまずこう言う。「SARS―CoV―2は今回の新型ウイルスの名前で、COVID―19は病名、つまり感染症の名前だ」と。相手を正確に科学的に把握し、名づけること。この時点で著者は「武漢ウイルス」などという曖昧で政治的な名前を使用する者と頭脳が違う。
 その上で、感染症というものがなぜ突然、患者数を増加させるのかを、実に巧みに説明する。ビリヤードの球がぶつかってふたつの球を動かす。するとふたつの球はそれぞれふたつの球を動かす。またたく間に動く球は増える。
 これこそが我々が直感的にとらえにくい「指数関数的」といわれる事態で、著者は子供の頃に父から教わった交通事故に関する言葉によってそれをあらわす。「衝突の衝撃」は「車のスピードを二乗した比率で増える」というのだ。したがって日々発表される感染者数は単なる正比例で増えたり減ったりしない。突然に数が変化する。ウイルスは直感を超える。
 また本書の指摘が決定的だったのは、グローバル化による人類の移動、そして新たな土地の開発によって未知のウイルスが蔓延したという可能性で、それはすなわちコロナが終わっても新たなウイルスが凄まじい速度で地球を覆うという事実につながるだろう。
 渦中に考えた著者の「忘れたくない物事のリスト」は切実で温かく、そして厳しい。中のひとつは「今回のパンデミックのそもそもの原因」は「僕らの軽率な消費行動にこそある」との一文だ。
    ◇
Paolo Giordano 1982年、イタリア・トリノ生まれ。大学在籍中の2008年、デビュー長編『素数たちの孤独』で、同国最高峰のストレーガ賞など数々の文学賞を受賞。著書に『兵士たちの肉体』。