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家族、ままならないけれど 椰月美智子「こんぱるいろ、彼方」など藤田香織さん注目の小説3冊

  • こんぱるいろ、彼方(椰月美智子、小学館)
  • 水を縫う(寺地はるな、集英社)
  • いのちの停車場(南杏子、幻冬舎)

 長く続いたステイホーム生活は、改めて「家族」のあり方を考える機会になった。夫、妻、親であり子でもある立場と役割。こうあるべきとされる理想とままならない現実を、私たちはどう受け止めていけば良いのだろう。

 人と人との関係性を描く名手・椰月美智子『こんぱるいろ、彼方(かなた)』は、長く明かすことができずにいた「家族の秘密」に端を発する物語だ。

 「わたしね、ベトナム人なの」
 大学の友人たちと海外旅行を計画していた奈月は、母の真依子から、自分は五歳のときに、ボートピープルとして日本にやって来たベトナム戦争難民なのだと聞かされ大きな衝撃を受ける。
 動揺しながらも奈月が家族のルーツを知ろうと動き出す一方で、ごく平凡なパートタイマーとして、母親として暮らす真依子が直面する逡巡(しゅんじゅん)や屈託も淡々と綴(つづ)られていく。更に、真依子の母・春恵が幼い子どもたちを連れベトナムを離れるに至るまでの、いわば青春記が加わる構成が巧(うま)い。

 日常の尊さ。気付くこと、考えること、動くこと。続いていく、繫(つな)がっていく、生きていくことの喜びに触れた心強さが、読後深く胸に残る。

 誰もが羨(うらや)む「理想の家族」など幻想でしかないとわかっていても、せめてこの程度は、と家族に抱く期待はあるだろう。しかし、寺地はるな『水を縫う』の登場人物たちは、「普通」の枠にさえ収まらない。
 物心がつく前に両親が離婚し、祖母と母、姉と暮らす清澄(きよすみ)は、刺繡(ししゅう)が好きな男子高校生。その姉・水青(みお)は綺麗(きれい)で可愛い、女性好みと思われるものがすべて苦手。市役所に勤務し、子どもたちに「無条件に」「無償の」愛を注げないと思いながら育ててきた母・さつ子。清澄たちの父親である全(ぜん)は、結婚したときも、離婚した今も、夢見がちで生活力は皆無に近い。生き難そうで、ともすれば厄介な存在にも見える。

 けれど、読み進めていくうちに「あるべき」よりも「ありたい」と生きる彼らの切実さが、震えるほど羨ましくなるのだ。寺地はるなに心を撃ち抜かれる快感をぜひ味わって欲しい。

 終末期医療を題材としたデビュー作『サイレント・ブレス』で注目を集めた南杏子の新刊『いのちの停車場』は、家々を巡る訪問診療医の物語だ。

 女性医師である主人公自身も、病に侵された父親に積極的安楽死を懇願されるという難題を抱えることになるのだが、訪問先それぞれの「家庭の事情」が読ませる。死を前にして、家族ができること、自分がしたいことは何か。

 気軽には話し難い「最期」の時について、近しい人たちと考えるきっかけになる「一家に一冊」本である。=朝日新聞2020年6月24日掲載