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「ブラック・ライブズ・マター」肌の色が生死分けるアメリカの構造 竹沢泰子・京都大教授寄稿

ホワイトハウス周辺で6日、抗議デモに集まった人たち=ワシントン、ランハム裕子撮影

黒人らを標的、大量収監や投票権剝奪も

 米ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイドさんが警官に首を圧迫され死亡した事件。1人の勇気ある黒人女子高生の撮影が、未曽有の規模の抗議運動「黒人の命を粗末にするな」と世界的な反人種差別運動を引き起こした。今この問題に「沈黙」することは不正義への加担であり、人種間を横断する大きな連帯の波は、今こそ変革に自分も参加しなければならないという強い意志の表明である。

 そんなさなか、アトランタでも黒人男性が警官に撃たれ命を落とした。また、昨秋と今年3月に起きた黒人女性の射殺事件も注目され、これまで人種とジェンダーの両面から看過されてきた多くの黒人女性犠牲者にも光が当たりつつある。

 「黒人の命を粗末にするな」運動の発端となったのは、フロリダ州で黒人高校生を射殺した自警団員に対して、2013年に下された無罪判決であった。

 この種の事件は日常茶飯事だ。ポケットから携帯を取り出そうとして銃だと勘違いされ撃たれる。歩いているだけで止まれの声が聞こえなければ、すぐに射殺される。大半は「正当防衛」による無罪である。
 「ワシントン・ポスト」紙のデータベースによると、武器を所有せずして警察によって殺された黒人は、人口比でいうと白人の4倍以上である。3年前、ある警官が車内でおびえる白人女性に、「我々が殺すのは黒人だけだ」と吐露したように(映像は世界に流れた)、フロイド事件は構造的なヘイト犯罪である。

 さらには同じ黒人のなかでも、肌の色が濃く、鼻が低いといったステレオタイプ的特徴をもつ黒人は、そうでない黒人よりも、同程度の犯罪でも、死刑判決を受ける率が約2・4倍高いというスタンフォード大の研究結果がある。つまり黒人であるか否かで、皮膚の色が濃いか否かで、生死が分かれる命の問題なのだ。

 黒人に対する警察の暴力には、奴隷制時代にさかのぼる長い歴史が影を落としている。奴隷所有者は懲罰により奴隷を死なせても法的に守られていた。巡視隊は、過酷な労働から逃亡した奴隷を捕まえ、暴行を加えて所有者に連れ戻した。

 それは、形を変えて現代も続いている。ニクソン政権時に始まった、麻薬所持の黒人らを標的とした大量収監は、その後拡大した。ごく最近改革が進んでいるが、多くの州では状況次第で、麻薬や窃盗等で一度有罪となると一生投票権が剝奪(はくだつ)されてきた。これが過去の大統領選で共和党に有利に働いてきたとされる。また急増する刑務所は、囚人たちの労働搾取と、建設、警備、食事等の大量発注により、一大ビジネスと化している。黒人らの大量逮捕・収監は、政治化され商業化された社会構造と密接に結びついているのである。

 こうした白人中心の社会構造が、黒人の様々なステレオタイプを人々の心に植え付けてきた。残念ながら日本にいる私たちの多くも、多様性に寛容ではない伝統を引きずりつつ、主流社会の価値観を内在化させてきた。

 それでは、社会構造と人々の偏見の双方がもたらす負のスパイラルを断ち切るために、何ができるだろうか。人が他者を分類する時、あらゆる社会カテゴリーのなかで、人種とジェンダーが最もステレオタイプを抱きやすい要素となることが知られている。同時に、それに意識的であること、上司や組織、社会環境が差別を許さない態度を見せることで、差別や偏見が緩和することも報告されている。今世界で様々な変革が始まっているように、日本社会も、差別解消のための意識改革・制度改革に一緒に取り組めるはずだ。=朝日新聞2020年6月24日掲載