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韓国ドラマ「愛の不時着」、北へ温かな視線 朝鮮戦争勃発70年、ハン・トンヒョン日本映画大学准教授に聞く

2018年4月、南北首脳会談の舞台となった板門店で、軍事境界線を一緒に越える文在寅大統領(右)と金正恩朝鮮労働党委員長=韓国共同写真記者団撮影

薄れる敵対心 再発見した同質性に郷愁

 2018年4月の南北首脳会談以降の想像力――それが、ドラマを動かしているとハンさんは強調する。

 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長はこの年、計3度の会談を重ねた。トランプ米大統領と金氏による初の米朝首脳会談も実現し、朝鮮半島に和平の機運が高まった。「韓国国民は、両首脳が一部は民間人も伴って訪れた平壌や白頭山、板門店からの中継をネットやテレビを通じて繰り返し目にし、国を挙げたメディアイベントの参加者となった」

 韓国では北朝鮮との人的交流は制限されている。現実にも、映画やドラマのなかで描かれたものという意味でも、南北の人々の出会いは、政治家やスポーツ選手、あるいは工作員や軍人同士などに限られていた。だが18年以降は、「愛の不時着」のように何らかの偶然があれば、「民間人も恋に落ちることがありえるかもしれない、という想像力を持てるようになったのではないか」とみる。

 脱北者などを通じた北朝鮮研究も進み、ドラマもそうした要素を取り込んでいる。ハンさんによると、北朝鮮側の主人公の婚約者の母親はおそらく自ら財を成した新興富裕層。経済的に厳しい状況下、女性たちは家族を支えるために市場経済に参入していった。ほかにも村人など「一般人」やその生活が描かれたことも画期的で、「現実が一歩進んだからこそ、想像力も一歩先に進めることができた」。

 民族分断の固定化から長い年月が経ち、韓国内の世代交代により北朝鮮観には新たな変化が起きている。

 軍事独裁政権下で育った世代が作り手の代表的な韓国映画は、南北の兵士間の人間的な交流を描いた「JSA」(2000年)だ。「反共教育」を受けてきた自らの敵対意識を克服しようとした。それに続く、1987年の民主化後に教育を受けた世代については「無関心と紙一重ではあるものの、そもそも北朝鮮に対するアレルギーがあまりない」とみる。「愛の不時着」では、北緯38度線は政治的メッセージではなく、恋愛ドラマを描くための「設定」となった。そして、「南北の同質性を再発見し、新鮮な驚きとして提示している」と指摘する。

 ドラマの描写からは、南北の経済格差をめぐる韓国側の自意識の変化も見てとれるという。「JSA」では、韓国兵士に「南に来ないか。チョコパイを腹いっぱい食べられる」と言われ、北朝鮮兵士が「俺の夢は南よりおいしい菓子を北で作ることだ」と答えるシーンがある。だが、「愛の不時着」では北朝鮮の人々がこうした「プライド」を表明することはなく、韓国の文化や商品を好み、すでに生活の一部になっているものとして描かれている。

 「経済成長を遂げた韓国では『南北の体制間競争は決着がついた。自分たちは先進国入りした』という自信により、北朝鮮が現実的な脅威ではなくなっているのではないか」。もはや北朝鮮は敵やライバルでなく、抱擁すべき相手であり、ドラマでは「再発見された同質性は、韓国が失ってしまった過去へのノスタルジーとして描かれる。そこに危うさを感じなくもないが、視線は温かい」と分析する。

 日本の視聴者にとっては、朝鮮半島情勢を気にしなくても楽しめる娯楽作品だ。ただ、「主人公の二人が結ばれるためにも南北統一を」「北朝鮮を身近に感じた」といった反応も少なくないことにハンさんは注目する。「エンタメの力を感じた。現在の日本社会で正確な情報を得るのは少々難しい面もあるが、朝鮮半島の歴史や韓国社会の文脈をより深く知るためのきっかけになれば。背景を知れば、より豊かな世界が開けるはず」と話す。(大内悟史)=朝日新聞2020年7月8日掲載