ピアノの鍵盤は88鍵、1つの鍵盤には2~3本の弦が張られており、その総数約220本になることを知っていますか? ピアノを構成する部品は約8000個にもおよび、その複雑さから演奏者自身が管理、調律する他の楽器とは違い、ピアノのチューニングやメンテナンスには調律師が欠かせません。今回は、調律師の視点から描かれた『ピアノのムシ』(荒川三喜夫、芳文社)を紹介します。
調律師の蛭田敦士のもとには日々、様々な依頼が寄せられます。古いピアノを修復してほしい、好みの鍵盤の重さ、タッチにしてほしい、ピアノにお茶をこぼしてしまった、音楽葬で使うピアノを木のぬくもりが感じられるようにしてほしい・・・・・・。口が悪い蛭田ですが、1970年製の三流ピアノを高級ピアノに勝る響きに錯覚させるほどの腕前で、どんなピアノでも蘇らせることができる天才調律師。音を聞いただけでピアノの状態、依頼主の弾く頻度などを見抜くのです。
ピアノは、鍵盤を押すとその奥にあるハンマーと呼ばれるパーツが下から弦を打って音を出す仕組みになっています。ハンマーは個々の鍵盤の音の表現力を左右する、いわゆるピアノの頭脳。専用の道具を使い、弦の張力を加減しながら音の高さを調整して音律を作るのが調律です。ちなみにピアノの弦は1本平均90キロという強い力で張られていて、時間の経過とともに弦が伸びて音程が乱れる原因にもなり、定期的な調律が必要です。
調律師の仕事はほかにも、ピアノが最も良い状態で音を出せるようにする「整調」、演奏家の求める音色や音質を整える「整音」などがあります。地道な裏方仕事ですが、「裏方の花形」と言われているのがコンサートホール専用のピアノの調律。コンサートが成功するか否かは、ピアニスト好みの弾き心地に合う調律を行い、最高の状態で演奏できるように仕上げる調律師の腕にかかっています。
コンサートホールには専任の調律師がいることが多いのですが、『ピアノのムシ』では蛭田の元にもチャンスが舞い込みます。「コンサートチューナーという大役のチャンスをあげると」いう自信家のピアニストからの依頼で、嫌々ながら引き受ける蛭田。それでも、鍵盤を弾いた後にハンマーが動いて弦を打つまでの動きを調整したことで、静と動、柔と剛など対極的な曲調が表現できるようになり、ピアノの本来の魅力が発揮されることに。ピアニストは今までどおりピアノを弾きこなせなくなり、実は実力に合わせて調律されていたことが分かってしまうのです。
1台ごとに個性があり、かつ素材に木材、羊毛などを使用しているため温度や湿度の変化にも敏感で、音に影響を受けやすいピアノ。鍵盤を一つひとつ鳴らしながら、ピアノの不調の原因を突き詰めていく調律師はまるで、医者が病気の原因を追究しているよう。ピアノの理論や構造に精通している以外にも、設置環境や製造時期の背景やルーツ、素材などを考慮することが求められます。正しい手入れやメンテナンスを定期的に行えば、長年保つことができるのがピアノの醍醐味。ピアノを守り受け継いでいくため、調律師はピアノの健康診断を行っているのです。
「ピアノのムシ」で知る、調律師あるある!?
- 調律師は資格がなくてもなれる。しかしピアノ調律技能士検定を取得している人が多い。グランドピアノの調律はこの資格の1級を持っているかが問われることがある
- 誰がいつ調律したかわかるカルテのような「調律カード」というものが存在する。海外では左端の鍵盤から1本ずつ調律師の名前を記録していく習慣がある
- 複雑な作りのため、機械いじりが趣味の人が独学でピアノの構造を学んでも調律することは難しい
- ピアノ製品にはたいがい製造番号がつけられていて、製造時期がわかる。メーカーによって異なる場所に印づけられ、ニセモノかどうか確認するときにも役立つ。メーカーの製品であるという身元保証にもなる
- 最近は、ネットオークションなどでピアノが売られている。触れず、音を聞きもせずに買う人がいるため、調律にいくと外装だけは新品のようだが中身がボロボロなことがある