海外で病気やケガをしてしまった時に心細くなってしまうこと、ありますよね。そんな時に言葉がわかり、現地の生活に慣れている人が近くにいたら――。『患者さまは外国人 無国籍ドクターと空飛ぶナースのドタバタ診療日誌』(漫画:世鳥アスカ、CCCメディアハウス)は、東京・六本木に実在した外国人専門病院「インターナショナル・クリニック」(2014年閉業)がモデルの作品。「どんな患者も平等に」という信念のもと、半世紀以上にわたり在日外国人を診察してきたロシア人ドクター・アクショ-ノフ氏と、原案者で「エスコートナース」の第一人者である山本ルミさんのクリニックでの日々がつづられた診察日記です。
インターナショナル・クリニックには在日大使館で働く人のほか、ビジネス、旅行、芸能などさまざまな目的で来日する人が訪れます。一歩足を踏み入れると、そこは外国。イスラム圏の人が祈りを捧げていることもあれば、欧米の人が談笑していることも。1日に対応する患者の国籍は10カ国を超えることもあり、待合室はまるで人種のるつぼのようです。
患者との会話のやりとりは、英語が中心。当時ナースになりたてだった山本さんは、英語が通じない「まずさ」を感じて、夜間学校に通ったり、仕事の合間に単語を覚えたりして必死で習得したのだとか。その甲斐あって、少しずつ英語でコミュニケーションが取れてくると、患者さんが笑顔になり、自身の仕事もスムーズに進むようになったそうです。
特に工夫していたのが初診の患者への声掛けと、注射など恐怖を感じやすい医療行為をその人の母語で伝えることです。誰でも具合が悪い時に異国で言葉が通じないと不安なもの。患者の緊張を少しでも減らすための、このクリックならではの単語のチョイスだったと振り返ります。
様々な文化や宗教、習慣、常識が異なるため、一般のクリニックではありえないこともしばしば。例えば、ロシアでは水ぼうそうに青い塗り薬を使うのが一般的だそうですが、最初は映画「アバター」のような患者を見て驚いた山本さん。支払いを生魚や花束で済まそうとする強者や、飲み屋のようにツケ払いをする患者もいて、山本さんの感じたカルチャーショックが本書ではコミカルに描かれています。しかし、「医療だからとこちらのやり方を通すだけでなく、出来る限り寄り添い、その中で最善の治療を考えるのが僕らの役目」というアクショ-ノフ医師の信念に従い、一つひとつの出来事に臨機応変に対応していきます。
山本さんが、クリニックでの経験を生かして次のキャリアに選んだ「エスコートナース」についても、本書には描かれています。別名「空飛ぶナース」は、病気やけがで渡航先から自力では移動できなくなった患者を迎えに行き、目的地まで送り届けるという仕事です。 仕事のスタイルは変化したものの、異なる個性やアイディンティティを受け入れて目の前の患者に真摯に向き合う姿は変わっていません。
インターナショナル・クリニックで山本さんが驚いた患者たち
- イスラム系の患者は、医者であっても女性の肌に触ることが許されず、服に隠されている部分を見ることもできない。一夫多妻のため、すべての妻に同じ薬を処方しないと平等ではないと嫌がられるので、妻の中でも最も敏感な体質の人に合わせた処方となる
- 不法滞在でもないのに、名前が長いからと偽名を使う人がいる
- インドではターメリックが万能薬。風邪や傷の治療のほか、インフルエンザの予防にも用いられる
- ロシアでは血液型を1234と表記する
- 未払いの電気の催促状を持ってくるなど、日本での日常生活の困りごとを相談される
- 薬について納得できないと、受け取りを拒否する人が多い。山本さんは薬の説明を英語で作成したり、処方から受け取りまでの流れを教えたりして、患者の負担を減らしていた
「エスコートナース」の仕事とは?
エスコートナースは世界中で活躍しています。日本では、正看護師の資格を持っていればエスコートナースを目指すことができます。エスコートナースを専門に扱う会社から連絡を受け、迅速に海外の患者の元へ駆け付けます。現場の看護師や医師、救急隊員やフライトアテンダントとの会話は全て英語。指示書や引継ぎの書類も同様です。
現地に到着したら担当医から診断書や薬をもらい、患者のパスポートや航空券を確認。フライト中には点滴の取り換え、トイレや食事の介助を行います。患者の詳しい状況や持病の有無は直前にならないとわからないことも多く、フレキシブルに対応できる能力が必要。患者が希望する場所に到着後、医師に患者の経緯や現在の状況を説明して引き継ぎを終えます。