- きたきた捕物帖(宮部みゆき、PHP研究所)
- 同心亀無剣之介 やぶ医者殺し(風野真知雄、コスミック・時代文庫)
- たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説(辻真先、東京創元社)
宮部みゆき『きたきた捕物帖』は、怪談、謎解き、商売ものなどの要素が一体となった贅沢(ぜいたく)な新シリーズだ。
文庫屋兼岡っ引きの千吉親分が急逝した。文庫屋は一の子分の万作が継ぐも、遺言で岡っ引きは返上された。取り残された十六歳の子分・北一は、目は不自由だが洞察力に優れた千吉の妻の松葉、湯屋の主人に救われ釜焚(た)きになった喜多次らの助けを借りて、文庫屋と岡っ引きになる修行を始める。
北一は、拾った双六(すごろく)で遊んだ子供が姿を消す「双六神隠し」、再婚を決めた男の前に、死んだ前妻の生まれ変わりだという女が現れる「冥土の花嫁」など、怪談めいた事件に挑んでいく。
家族愛や地域共同体の温(ぬく)もりを肯定的に描く時代小説は多いが、本書は愛や情が執着を生み、それが悲劇の原因になる可能性を指摘している。現代でも愛や情がもつれ、近しい関係だからこそトラブルが見えにくくなり大事件に発展するケースはあるので、本書のテーマは重く受け止める必要がある。
風野真知雄〈同心亀無剣之介〉シリーズは、最初に完全犯罪を実行する犯人が登場し、そのミスを剣之介が暴くので、捕物帳には珍しい倒叙ミステリーとなっている。十年ぶりとなる待望の新作が、『やぶ医者殺し』である。
被害者が犯人をかばうため一芝居打つ「裁けない同心」は、動機が生々しく感じられる。女弟子を殺した浮世絵師が、別の弟子の犯行に偽装する「浮世絵の女」、多くの患者に恨まれていた医者が毒殺される表題作は、殺害方法だけが終盤まで隠されており、最後までスリリングな展開が楽しめる。
作中には読者の思い込みを利用したトリックがあり、それを覆す剣之介の推理には常識を揺さぶられるだろう。
辻真先『たかが殺人じゃないか』は、戦後の学制改革で男女共学になった新制高校三年を主人公にした学園ミステリーである。著者は『深夜の博覧会』『焼跡の二十面相』など、戦中戦後の世相を織り込んだ推理小説を発表しており、本書もその一冊である。
推理小説研究会に所属する風早勝利は、顧問の別宮操先生の引率で映画研究会と合同の旅行に行くが、密室状態で殺された評論家の死体を発見する。続いて勝利たちは、学校で文化祭の出し物を作成している時に、バラバラにされた地元議員の死体を目撃する。
何百万人もの命が奪われた敗戦間もない時代に、わずか数人を殺した犯人を推理する展開は、戦争の愚かさと残酷さを鮮やかに突き付けていた。戦前は軍国主義を叩(たた)きこまれ、戦後は民主主義の重要性を教えられた勝利たちの世代の戸惑いは、正義や正論に隠された欺瞞(ぎまん)を暴いており強く印象に残る。=朝日新聞2020年7月22日掲載