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小倉ヒラク「発酵文化人類学」など、堀部篤史さんが薦める新刊文庫3冊

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』 小倉ヒラク著 角川文庫 880円
  2. 『男』 幸田文著 講談社文芸文庫 1650円
  3. 『森の文学館 緑の記憶の物語』 和田博文編 ちくま文庫 924円

(1)は、発酵とデザインと文化人類学、縁遠いように見える各概念を有機的に関連づけて綴(つづ)った他に類を見ない書物。発酵デザイナーを名乗る著者は、日本と中国の麴(こうじ)とそこから生まれる食への嗜好(しこう)の差異をデザインの違いとして捉え、土地ごとの限られた食材を発酵させることで豊かな食文化を生み出すさまを、文化人類学で言うところの「ブリコラージュ」という概念に重ねる。本書自体、微生物が食物と結びついて発酵食品を生み出すさまと相似形をなしているのだ。

>「日本発酵紀行」小倉ヒラクさんインタビュー記事はこちら

 婦人公論誌上での連載原稿を中心に編まれた幸田文の随筆集(2)は「男」と題されてはいるが、そのテーマは「仕事」と読み換えることもできる。時に山道を四つんばいになって自然林の伐採に同行し、マンホールから下水道に降り膝(ひざ)まで汚水に浸(つ)かる。警視庁捜査一課の捜査に同行せんと食い下がり、海上保安庁の実際の任務を目の当たりにできなかったことで執筆を断念する。一雑誌の連載にここまで腐心したのは、ひとえに著者の持つ仕事への関心であろう。男性を礼賛しているようでその実、仕事が仕事らしかった高度経済成長期以前の記録であり、女性の家事労働にむけるこまやかな眼差(まなざ)しからも性差を主眼においた随筆ではないことが理解できる。

 (3)は森をテーマに編まれたアンソロジー。収録された創作の多くが幻想味を帯びているのは、宮崎駿が本書中で語るように、日本人が「心の大事な部分に森の持つ根源的な力」を持つ民族だからか。=朝日新聞2020年7月25日掲載