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「近代人の自由と古代人の自由・征服の精神と簒奪」書評 立憲主義者が説く段階的な改善

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月01日
近代人の自由と古代人の自由・征服の精神と簒奪 他一篇 (岩波文庫) 著者:コンスタン 出版社:岩波書店 ジャンル:一般

ISBN: 9784003252529
発売⽇: 2020/05/19
サイズ: 15cm/391p

近代人の自由と古代人の自由・征服の精神と簒奪 他一篇 [著]コンスタン

 岩波文庫は攻めている。近時のラインアップをみればそれは明らかだが、ここに19世紀フランスの自由主義者バンジャマン・コンスタンが加わった。分断社会を背景とする党派政治の時代において、局外中立者としての君主の存在意義を説いたことで知られる、この立憲主義者には、今日の日本で読まれるべき必然性がある。従来は、徹底した心理描写で新時代を画した小説『アドルフ』ばかりが訳されてきたが、漸(ようやく)くにしてコンスタンの主要作品が邦訳されるに至ったのである。
 人間の理性の発露として古典性を認められてきた古代ギリシャ・ローマが、理性を標榜(ひょうぼう)するフランス革命で引照されたのは自然だが、その行き過ぎを批判して近代的自由を擁護したのが、「近代人の自由と古代人の自由」論文である。
 「もはや力では征服できなくなった物を合意によって獲得しようとする試み」としての商業の称揚は、次の「征服の精神と簒奪(さんだつ)」でも繰り返される。「野蛮な衝動」に駆られた戦争に代わる「洗練された計算」としての商業こそが、近代を近代たらしめるのであり、クーデターによる政権「簒奪」者であり「征服の精神」の化身であったナポレオンは亡びゆく運命にあったのだ。
 著者の舌鋒(ぜっぽう)は鋭く、国民の名における専制政治=恣意的支配を批判し、反対派の存在と個人の自立を擁護し、政権の「虚言」や、「偽りの世論」や「紛(まが)い物の自由」の演出を告発する。
 ところが、王政復古の後エルバ島から舞い戻り、自ら教えを請うナポレオンにほだされて、著者は立憲主義に基づく新憲法草案を起草してしまう。しかもそれは百日天下に終わった。
 この無定見(アンコンスタン)な振る舞いを読み解く鍵を、訳者が最も重視する「人類の改善可能性について」に見出すこともできよう。不平等と悪習を克服し我々を「破滅」から救うのは、世代を超えた「段階的改善」だと著者は説いたのだ。この文脈で次は中立権論の邦訳を読みたい。
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 Constant 1767~1830。19世紀フランス自由主義の代表的思想家。自伝的小説に『アドルフ』。