誰にでも忘れられない出会いがある
――原作小説を初めて読んだ瞬間、「名作だとピンときた」と語っていました。原作のどんな部分にひかれ、映画化を決めたのですか?
「いつか一緒に」と声をかけてくれていた映画プロデューサーの前田浩子さんから、5年くらい前、映画化の候補作が書かれたリストを渡されたんです。その中に、この『宇宙でいちばんあかるい屋根』がありました。それまでこの本の存在を知りませんでしたが、すぐに原作を購入して読んで、「これだ」と直感しました。
一番ひかれたのは、郷愁ですね。主人公のつばめが14歳の夏、星ばあと出会ったみたいに、誰にだって自分の人生に大切に寄り添ってくれる、忘れられない出会いがあると思うんです。かつて少年、少女だった自分が出会った人々、自分を傷つけた言葉、そして立ち直らせてくれた言葉。そうした出会いに支えられ、今の自分が存在しています。映画「新聞記者」に関わったことで、社会に対する見方が変わり、これまでの自分の人生を受け入れるような作品を撮りたくなりました。そんなタイミングでこの作品と出会い、プロデューサーの浩子さんと映画化することに決めました。
――原作をもとに、藤井監督が脚本も書いています。3年がかりで執筆し、撮影2週間前に完成したそうですね。
映画化にあたり、原作者の野中さんから「小説と映画は別物なので、世界を広げてください」とエールを頂きました。もちろん、原作には良い部分がたくさんあります。でも、映画にしか出来ない表現を追求したかったので、あえて一度小説には眠っていてもらい、自由に脚本を書かせてもらいました。
映画は、小説のパラレルワールドを狙いました。小説と映画で描かれていることの本質は一緒だけど、ストーリーや登場人物の言動がどこか違うんです。そして、主人公のつばめが実の母親に会いに行く場面など、映画には、小説にはないエピソードも加えています。そうやって自分なりに足し引きしながら、3年かけてコツコツと書いていきました。撮影直前まで完成しなかったので、関係者のみなさんをハラハラさせてしまったかもしれません。
時間を積み重ねて家族になる
――映画の中で印象的だったのが、星ばあの言葉です。ぶっきらぼうだけど、悩んでいるつばめの背中を押してくれる、印象的なせりふがたくさんありました。
星ばあの一言は、つばめの感情が動くきっかけとなるので、特に大切にしていました。星ばあを演じた桃井(かおり)さんは、さすが自分で監督もされるだけあって、次々とアイデアが浮かんでくるんです。
例えば、新しい家族が誕生することになり、母親と血の繫がりがないつばめは疎外感を抱えていました。そんなつばめに対して、星ばあが「血がつながってる、つながってないってのは、そんなに重要じゃないんだ」と言う場面があったんですね。その撮影直前、「こんなこと言いたいんだけど」と桃井さんが提案してくれ、実際に使わせてもらったのが、「だいたい家族や夫婦っていうのは、もともと他人なんだ。同じ屋根の下で、いろんな時間を積み重ねて家族になるんだ」というせりふです。良い言葉ですよね。そうやって、桃井さんと2人でせりふをブラッシュアップしていったので、星ばあというユニークなキャラクターをより人間的に、立体化することが出来たと感じています。
この映画では、星ばあだけでなく、みんなが14歳のつばめに寄り添って、生きています。思春期のまっただ中にいる彼女にとっては、それが煩わしく感じるかもしれないけど、大人になって振り返ると、すごく大切な時間だったんですよね。この映画の舞台は、2005年の夏です。今は大人になってしまった僕たちも、かつては少年少女でした。そんな人たちの物語にしたいと、少し時代をさかのぼって15年前を描きました。つばめと星ばあの関係みたいに、今よりもっと生身の人間を感じられる時代だったと思います。
不寛容な社会、相手に敬意を
――好きな人にこっそり宛てたバースデーカードや糸電話など、確かに人間の温かさを感じる場面も多かったです。
コロナ禍で社会が変わり始めた今だからこそ、この映画をきっかけに、自分を支えてくれる人たちについて考え、感謝の気持ちを持ってもらえたらと思います。SNSが普及したことで、ある意味、不寛容な社会になってしまいました。匿名で簡単に人を中傷でき、それに心を痛めた人が自ら命を絶ってしまう。指先で人を殺せる時代です。そんなことが出来てしまうのは、相手のヒストリーを想像できないからじゃないでしょうか。自分と違う考えを持った誰かだって、いろいろな人と出会い、愛されて育って来た、1人の人間なんです。例え意見が対立しても、相手に敬意を持って話し合い、最後に握手ができるのが、健全な社会です。SNSは生活と切り離せないものだけど、フォロワーや「いいね」の数には何の価値もありません。
――コロナ禍でさまざまな価値観が変化しました。そうした中、何か最近読んでいる本はありますか?
日本アカデミー賞を受賞した時、つばめ役の清原果耶さんが「お祝いです」と、谷川俊太郎さんの詩に写真が添えられた本をプレゼントしてくれたんです。『あさ/朝』と『ゆう/夕』という2冊で、今でも大切に読んでいます。僕にとっての本は2種類あって、こうやってプライベートで楽しむ本と、仕事として読む本。ありがたいことに、今では「映画化してください」とたくさんの本を送って頂きます。この後も、いくつか原作ものの映画が公開予定です。しばらくはオリジナルの脚本を書くことはなさそうですが、意外にもあまりストレスは感じていないんです。ただ、いつでも書けるような準備はしています。