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「女だてら」書評 男装の放浪詩人に託された密書

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月12日
女だてら 著者:諸田玲子 出版社:KADOKAWA ジャンル:小説

ISBN: 9784041094228
発売⽇: 2020/07/09
サイズ: 20cm/418p

女だてら [著]諸田玲子

 江戸時代後期、原采蘋(さいひん)という女性漢詩人がいた。筑前秋月藩の儒学者・原古処(こしょ)の娘で、本名みち。漢詩を作りながら男装で旅を続ける生涯を送ったという。
 みちは文政十(1827)年、秋月から江戸へ遊歴の旅に出た。ところが道中の日記はなぜか兵庫で途絶え、文政十二年に浅草で存在が確認されるまでの足取りがわからない。この空白の間に何があったのか?
 おりしもこの時期、秋月藩では後継を巡るお家騒動が起きている――。
 男装の放浪詩人、途絶えた日記、お家騒動。まるで三題噺(ばなし)のようなこの三つを結びつけて生まれたのが、本書『女だてら』だ。
 福岡藩の支藩である秋月藩で嫡子(ちゃくし)が急死した。養子を巡り、本藩寄りの家臣と現藩主が対立。江戸で藩主が家臣たちに軟禁されるという事態になる。
 そこで国元では、縁のある公卿(くぎょう)を介して幕府の権力者に繋ぎをとろうとした。だが藩士が動けば妨害される。そこで旅の経験があるみちが密書を託された。公卿への奏上や関所の詮議(せんぎ)は男の方が都合がいいので、みちは兵庫で男装し、そこからは弟の名を名乗って旅を続けた……というのが諸田玲子のアイディアだ。
 もともと歴史小説とは史実の隙間を推理するミステリーのようなものである。男装の放浪詩人というドラマティックな史実をベースに、日記の空白とお家騒動が鮮やかにつながる様子には思わず唸(うな)ってしまった。創作と知りながら、こうだったかもしれないと思わせるその手管たるや。
 道中の描写もサスペンスフルで飽きさせない。追手をすんでのところで躱(かわ)したり、敵か味方かわからない同行者に助けられたり騙されたり。男にも女にもなれるみちの特性がミッション遂行に役立つ一方で、恋には障害となるのも切ない。
 何より、江戸時代にこんな女性がいたということに驚かされた。創作の力と史実の驚き、両方を堪能できる一冊である。
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もろた・れいこ 1954年生まれ。96年、『眩惑』でデビュー。2018年、『今ひとたびの、和泉式部』で親鸞賞。