著者は、現在72歳。大手生命保険会社勤務、ベンチャー企業経営者を経て、今は大学学長である勝ち組の一人。当然、還暦から如何(いか)に生きるべきか、如何にして我は成功者となりしか的な内容だと思っていた。ところがそんなことは全く書かれてはいない。著者も「60歳になったのだからこれをやりなさい」といった類の話は一つも述べていないと断っている。
ではいったいどういう内容の本なのか。実は、本書は憂国の書である。全編に著者の憂国意識が溢(あふ)れている。これが中高年読者の琴線に触れたのではないだろうか。
冒頭から「年齢フリー」の社会を目指せと、定年制の廃止や年金問題に切り込む。高齢者が若い人に甘えている社会を変えねばならないという憂国意識のフル回転だ。若い人が高齢者を支えることは自然の摂理に反すると、高齢者をぽんと突き放す。この冷たさ、ドライさが最初は、痛辛(いたつら)いのだが、途中からなるほどね、と納得させられ、心地良くなるから不思議だ。
著者は、「人間は勉強したところで所詮(しょせん)はアホな存在である」という人間観に立っている。この言い切りがスゴイ。実は、これが保守主義の神髄らしい。思い付きで言っているのではない。読書家としても名高い著者は、フランス革命などを事例にして解説する。アホならアホなりの社会を作ればいいのだ。それを妙に賢い振りをするから生きづらい社会になるのだ。その意味では日本にはほとんど保守主義者がいないという。憲法は、外国に押し付けられたのだから改正すべきだと理性で言う人がいるが、そんなに今の憲法で困っている人が多いですか、と問いかける。データに基づき世界を見ることで、悲観論、陰謀論から無縁になることができる。「飯・風呂・寝る」から「人・本・旅」に生き方を変え、「知ることは力なり」と高齢者が考える力を養えば、世の中が良い方向に変わっていくに違いない。ちょっとやる気スイッチが入ったぞ。=朝日新聞2020年9月26日掲載
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講談社現代新書・946円=10刷20万部。5月刊。著者は立命館アジア太平洋大学(APU)学長。発売当初から異例のスピードで売れ続けている。大都市圏はもちろん地方でも好調。