1980年に大学へ入学し、西洋美術史を学び始めたが、当時、活況を呈していた現代美術に興味をもつようになった。
しかし、美術作品の存在そのものを問題とする現代美術を理解するのは、大学で教わるような、作品の存在を自明の前提として成り立っている美術史学の枠組みでは難しいことを痛感した。作品と人間についての、もっと深く根源的な理解が必要なのだ。
私は理解を深めようと、言語学のソシュール、文化人類学のレヴィ=ストロース、精神分析学のラカンなど、次々と翻訳出版された思想書を読んだ。
なかでも哲学者フーコーが本書で提示した歴史観は、衝撃的だった。人間の知の歴史は、時代ごとに同一の枠組みによって規定されており、しかもその枠組みは、ルネサンスと古典主義時代、近代の間に不連続に変化したという。
もしもそうならば、美術は連綿とつながる美術史という独自の歴史をもつのではなく、他の文化領域と同様に、この不連続な変化を経ていることになる。これまで一つの連続した歴史を前提としてきた美術史学は、その根本から考え直さなければならない。
さらにフーコーは「人間」は近代に生まれた概念だと指摘、例えば、古典主義時代の美術作品は「見る主体」としての人間を前提としていないという。
だとすれば、人間は作品にとって普遍的・本質的な存在ではないのか? これもまさに現代美術が問いかけているものであり、答えはまだみつかっていない。=朝日新聞2020年10月21日掲載
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