住む人の趣味や性格が表れる
――ふわふわした毛の塊のような風貌。毎日、帽子を着替えるおしゃれさん。そんなまあるく愛らしいキャラクターの「ポコポコ」が、動物たちの家を訪ね歩く物語『ちいさなちいさなすてきなおうち』(教育画劇)。本作は「ちいさなちいさなポコポコえほん」シリーズの第一弾。カボチャなどの形をした家の断面図が次々と登場し、ページをめくる度、緻密に描かれた家の中をのぞき見ることができる。作者のさかいさちえさんは当初、「3冊ぐらい出せれば」と考えていたと振り返る。だが「続編が読みたい」という読者の熱い期待に応えようと制作を続けていたら、今やシリーズは計10冊に、シリーズ累計発行部数は100万部を突破していた。
こんなふうに読者に親しんでもらえているのは、主人公のポコポコの不思議な存在感が大きいと思う。そして動物たちのおうちの断面が見えるからかなと思っています。テーマは「おうち」。おうちはご飯を食べたり、寝たりする大切な場所ですから、そこに住む人の趣味や性格、暮らしぶりが表れる。だから読者はそこに親しみを感じて、友達の家に遊びに来たような感覚になるのかもしれません。
お菓子のおうちや地中のおうちなど、現実には見ることができないものを、絵だからこそ見せることができる。初めに外観が見え、そして次の見開きでスパッと半分に切り取ったように内部が見えるというのが特徴です。
私は子どもの頃、児童書にしても漫画にしても、その本の登場人物が住む家を想像して、奥付の余白に家の間取り図を描いていたんです。性格や暮らしぶりを間取り図に詰め込んで。そのほかには、不動産広告の間取り図をじっくり見ては、ここにこういうキャラクターが住んでいたら面白いかなって想像するのが好きだったんです。それがこの絵本につながっていると思いますね。
――作中に登場する家々はファンタジーの世界ながら、現実に存在するような感覚を覚える。それは、さかいさんが家の断面図を正確に描くことにこだわっているからだ。だが立体図を描くのが決して得意なわけではなかったという。
ファンタジーには、リアリティがとても大切だと思っています。ファンタジーだからといって想像だけで描いてしまうと、嘘みたいになってしまうから。実在するカボチャとかメロンなどは買ってきて、包丁で切って中を見て、実物を必ず観察しています。
でも、中には本物を手に入れられないものもあります。たとえば、本作の表紙にあるハチミツの巣でできたおうち。帯を外すと、この内部が見えるという仕掛けにしています。ハチミツの瓶が並ぶお店のイメージです。これを描く前には、実際にハチミツ店に行って、ハチミツにはどんな色があるのか見てきました。すると薄い黄緑色からこげ茶色まで様々な色があって。自分の想像以上に、現実って世界が広いんだなって毎回、ものを描くとき思うんですね。そして油粘土で2階建ての模型も作り、観察しました。絵を描く前の儀式なのかもしれません。そうすることで絵にリアリティが出て、説得力が増すのではないかと考えています。
私は森へ散歩に行くのが好きで、地べたに寝転んで、蟻の目線で写真を撮るんです。そうした目線から見る風景を、植物などを描くときの参考にしています。人間の目線では気づかないところに、小さな花が咲いていることもありますし。ふわっとした絵なので軽いタッチで描いているようにも思われますが、見えない部分でそういう作業をしてる分、描き込みを激しくし過ぎないように気を付けています。細部にこだわり過ぎると、どんどん絵が重くなるので。
原点はアニメーション
――絵本作家になる前、広告の制作プロダクションでアニメーション制作をしていたというさかいさん。家の内部の緻密さや、動きや音を感じる「ポコポコ」の描き方には、当時の仕事やデビュー作のWeb絵本が影響している。
最初は動画の絵本を作ったんです。リンゴが落ちてくるような簡単な動きがある絵本です。本作も、もともとは、読者と双方向にやり取りができるインタラクティブコンテンツとして作ろうとしていました。主人公の「ポコポコ」が歩いたり、きらきら光ったり……。そんなときに今の編集者に出会って、絵本を作ることになりました。
常に自分の頭の中ではキャラクターが動いていて、アニメーションが原点になっています。絵本はその中の一瞬を切り取って、絵を描いている感じですね。アニメや漫画では、キャラクターの動作やモノの動きが連続して流れているので、その違いがあります。
――「トコトコトコ」「ザブザブザブ」「ヒラヒラヒラ」「モグモグモグ」など、子どもたちが思わず口ずさみたくなるようなオノマトペが多用され、小気味よい言葉のリズムと流れに沿って、物語が展開していく。
基本的に、文章は長過ぎないようそぎ落としながら、音読して推敲しています。私の頭の中では、絵は動いているんです。ポコポコが揺れていたりふわふわしていたり、カチャカチャって何かの音が鳴っている。だから、一つひとつの動作にオノマトペを使っています。特に子どもは「サッサッサッ」などと言うだけで、楽しくなると思うんですよね。だから自分でも口に出して、それは自分でもよい感じのリズムになってるか、確認を怠りません。
読者には絵を見ながら、好きなことをたくさん話してほしいですね。「ここきれいだね」とか「ここ行ってみたいね」とか。絵本が会話のきっかけになればいんじゃないかなって思っています。おそらく1回読むだけではそんなに情報が入ってこないから、何度も読むうちにページの細かな場所に気づいてもらえたら……。お花のおうちの中にはよく見ると、植物の種のようにぷくっと膨らんだ形のシャワーが、実は花に水やりをする装置になっているとか。そんな仕掛けもしています。絵本は、一人で読むときのために想像の余地を残したいし、お母さんや友達と読むときのためにも会話の余地を残したい。ぎっしり文章があると、会話する余裕もなく、目で追うのが精いっぱいになってしまうと思うから。
同シリーズで海中の世界を描いた『ちいさなちいさなうみのおさんぽ』も子どもたちに人気があります。これはおうちではなくて、海中を断面にしてる絵本。色鮮やかな海の生き物たちが登場します。特に今年は「コロナ禍で海に行けなかったので、海遊びはこの絵本で楽しみました」という声を多くいただきました。想像の中でお出かけするというのが、素敵ですよね。
――読者の中には、闘病中の子や震災で家を失ってしまった子、障がいがある子もいる。また生きるのがしんどいと思っている大人もいるかもしれない。「だから絵本を通して安心したり、ワクワクできたりする場所を提供していきたい」というのがさかいさんの願いだ。
読者は、3歳~6歳の子が中心で、1割くらいは大人や中高生もいますね。本当に幅広い年齢層の方に読んでいただけて、常にありがたいなって思っていますね。最近では読者はがきだけでなく、インスタグラムでも読者とつながっているんです。例えば「ポコポコ」のキャラクター弁当とか。「ポコポコ」が丸い形なので、おにぎりを作るにはぴったりのようです(笑)。
小さな幸せをいっぱい見つけて欲しいという願いは、このシリーズの大きなテーマ。ストーリーは、ワクワクするような空気感を大切にしていますし、主人公の「ポコポコ」は楽しみを見つけるのが得意なキャラクターにしています。日常でもただ普通に歩いてるよりも「あ、ここにこんな小さな花が咲いてる」「見上げてみたら、空がきれいだった」とか、何か一つでも見つけられたら、小さな幸せが芽生える。それが積み重なると、幸せが大きくなっていくと思うんです。特に何か派手な出来事が起こるわけじゃなくても、私たちが生きている世界ってよく見ると素敵なことや、愛しいものに溢れている。ほんのちょっとでも日常の小さな幸せに気づくか気づかないかだけで、全く世界が違って見えると思うんです。この絵本の中に、たとえばバラの花が咲いてることを見つけることも小さな幸せではないでしょうか。
ハーブを見つける達人という設定のゾウは、カモミールの花々の中に建つティーカップの形のおうちに住んでいます。ここを訪れたポコポコは、紅茶のお風呂に浸かりながら、良い香りを感じているんだろうなあと、描いた私も幸せな気分になります。読む人によって感じ方は違うので、どこまで伝えられるかは課題ですが、この絵本を読んで、香りや光、風をちょっとでも想像してもらえたら嬉しいですね。