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「美術の森の番人たち」書評 立体化して浮かぶ35人との交流

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月05日
美術の森の番人たち 著者:酒井 忠康 出版社:求龍堂 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784763020246
発売⽇: 2020/10/14
サイズ: 20cm/237p

美術の森の番人たち [著]酒井忠康

 恰好(かっこう)いいタイトルだ。
 「あっちにも行けた、こっちにも行けた」。ビリヤードの球がはじけながら納まるところにはストーンと納まったのが「美術の森の番人」だった。
 著者が求めてなった「番人」というより、宿命によって定められた先天的な奇遇にさえ感じる。そこが何か違うぞ、と読者を惹き付ける。
 著者の師である神奈川県立近代美術館の土方定一門下の学芸員、美術批評家、美術ジャーナリスト、すでに鬼籍のひとになった35人への「胸のなかに大切に仕舞ってある話」が並ぶ。ロングショットから望遠レンズに、そして徐々にピントのあったクローズアップへと写し撮られていく著者の鮮やかな視線は、単なる墓標を越えて、彼らのありのままの姿を実在化させていく。
 35人の内、10人ばかりと面識があったが、著者のような濃密な間柄だったのは2、3人。彼らの人物像まで幻影のような肉体として浮上し、不思議な快感に取りつかれる。特に悪友として親密度が高かった美術評論家東野芳明はホログラムのように立体化する。
 彼は現代美術を現代美術の枠からはずして、似て非なるデザインまでも視野に入れた。「美術という形式を破壊・無視しようとした」一連の作家を「反芸術」とも称した。そんな東野の面目躍如たる批評精神を著者は高く評価する。
 著者の近代日本美術の様々な論考に触れるまで、小生は現代美術と近代日本美術を切り離して考えていたという事実を先(ま)ず告白しておくが、本書に登場する「番人」達と著者の交流そのものが、すでに近代日本美術を現代美術と分け難く結びつけている歴史的事実にハタと気づかされるのである。現在の若い現代美術家には小生のようなぼんくらはいないと思うが、本書を手に取ることで、より現代美術の地層が過去の歴史と接続する瞬間に遭遇するに違いない。
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 さかい・ただやす 1941年生まれ。世田谷美術館長、美術批評家。著書に『展覧会の挨拶』など。