京都大原の古民家を自分たち仕様に手を入れて住まい、日本庭園に英国式の花咲きこぼれる庭を造って楽しみ、四季の移ろいを慈しみながら日常を営んでいく……NHK番組での放映もあって、写真家梶山正さんとハーブ研究家のベニシア・スタンリー・スミスさん夫妻の暮らしは、こんな生活をしてみたい、してみたかったという憧れと羨望(せんぼう)で多くの人々をとりこにした。本書は夫妻の過去の歴史を遡(さかのぼ)り、また現在の生活と心境を綴(つづ)った手記である。
筆者は梶山さんと以前勤めていた登山雑誌の編集部の仕事でご一緒させていただいたが、梶山さんの写真には山の雄大さや荘厳さだけでなく、その内部に静かに息づく自然の豊潤さや瞬時の美しさがそのままに、明瞭に切りとられていた。日々接しているからこそわかる、妻ベニシアさんのいちばんいいときを写しとる視線にも同じものを感じていた。
しかし家族、そして夫婦の間には当事者でなければわからない感情がたくさんある。外側に見えているものはごく一部でしかない。山であっても同じだ。テレビを見たから、本を読んだからといって夫妻のことがわかるわけでは決してない。
古い感覚でいえば、内々のことはなるべく人に知られないように隠しておくものだったが、今は苦しみや哀(かな)しみを表に出すことによって、人々とその感情を共有し分かち合い、少しでも解決につなげようという考え方に変わってきた。そうした意味で、全国に知られる夫妻が、人生の秋を迎えて到達した胸中の一部を明かすことが、誰かの心の支えになるかもしれない。
梶山さんは、人は信頼と愛に満ちた生活を「望む」ものなのだといい、家族に対して傍観者として生きる立場を捨てた、と書いている。筆者は深くお話しする機会はなかったが、こうして再び写真を拝見していると、梶山さんの対象をみるときの、繊細で実直で温かな目線は変わっておられないなと思った。=朝日新聞2020年12月5日掲載
◇
風土社・1980円=2019年10月刊。6刷3万5千部。NHKで番組を持つベニシアさんのファン層である50~70代の女性に支持されているという。夫婦では初の共著。