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辻真先「たかが殺人じゃないか」 ミステリーランキング上位を総なめ 技巧と反戦、重層する米寿

 TVアニメのシナリオから小説執筆まで多彩な活動を昭和から続けてきた辻真先。その推理小説が米寿を超え、ますます凄味(すごみ)を帯びてきた。

 昭和12年、名古屋での平和博覧会を素材にした乱歩臭満載の探偵小説『深夜の博覧会』の続篇(ぞくへん)。今度は昭和24年、男女共学に改革された直後の、部室と顧問を共有する推理小説研究部と映画研究部所属の高3男女が主体となる。またも辻の故郷・名古屋が舞台だ。書物を博捜しての時代色トリビア。映画の蘊蓄(うんちく)も幻惑的で、「哀愁」でV・リーとR・テイラーが「別れのワルツ(蛍の光)」で踊るシーンの照明技法が本作の重要場面に引用されたりもする。

 推理小説作家志望の風早勝利(かざはやかつとし)と、彼が恋する、上海から引き揚げてきた中国情緒纏綿(じょうちょてんめん)の美少女・咲原鏡子(さきはらきょうこ)。以前の彼女の裸身の記憶、それに耳の下に残した白粉を彼女が気にする伏線が効いている。作家志望の勝利は辻の分身。このメタ構造と、冒頭・終結の結構の鮮やかさが深く関わっている。

 作中では地元大立者の二つの殺人が起こる。男装の麗人めく顧問の教師・別宮(べっく)操(前作からの継承人物)の引率下、部員涵養(かんよう)のための合宿で遭遇した、木地師(きじし)建立住宅での殺人が最初。二番目の殺人は、学園祭出品のスチル写真展のロケ撮影場所、キティ台風渦中の第六連隊営繕棟廃墟(はいきょ)で起こる。一つめは空間的に不可能、次は時間的に不可能。この対照にこそ作者の技巧派ぶりがあらわだ。

 本書では途中、勝利による「読者への質問状」が挿入される。その細部でも明らかだが、フーダニット(誰が犯人か)ではなくホワイダニット(動機は何か)が重点となる。実際の動機には、戦中戦後の宿運が少女らにもたらした抑圧の悲劇が絡まっている。鏡子の親友が敗戦日に残した日記の一節《私って、非国民ですか》に血涙を絞られる思い。やはり気骨ある米寿の反戦派でなければ書けない、重層的な傑作だった。=朝日新聞2020年12月12日掲載

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 東京創元社・2420円=4刷4万5800部。5月刊。「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」のランキング国内部門3冠を達成。