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「国宝のお医者さん」で知る、装こう師のお仕事 文化財を残したい人の思いと職人の技で、次世代へ

文:片岡まえ

 医者は医者でも、少し変わったお医者さんが主人公の『国宝のお医者さん』(芳井アキ、KADOKAWA)。国宝や重要文化財、美術工芸品を直して元の状態に戻す文化財修理師がテーマです。

 五條武士は、掛軸や屏風、障壁画、冊子など紙や絹でできた文化財の保存や修理を専門にする「装こう師」。美術品を患者と呼び、手術室さながら、紙の状態や絵の具のはがれ具合に合わせて筆、刷毛、顕微鏡、注射器、ナイフ、医療用メスなどの道具を使い分けます。紙の折れや切れを目と指先で判断し、制作当時と同じ素材で補強するほか、絵の具が落ちているところにはオリジナルと同じ色を再現してのせていきます。歴史的な作品に直接触れることができるのがこの仕事の醍醐味ですが、一方で、紙の素材や製法、顔料の違いはもちろん、作品の時代背景への理解、作風を理解し再現する表現力が欠かせません。

©Aki yosii

 文化財のダメージは経年劣化や、不慮の事故などが原因の傷や折れのほか、最近では自然災害によるものも目立っているといいます。ある日、五條のもとに舞い込んだ掛軸と手紙の修復依頼もその一つ。掛軸の書状は戦国時代の地方領主から贈られたもので、町の交流の歴史がわかる貴重な史料ですが、集中豪雨で流されてしまいます。はねた泥と漂流物に破損されたであろう軸棒、泥でかたまった手紙――。

 「もとの絵に残る痕跡以外には決して何も足さない」というのが五條のモットーですが、修理の柱となるオリジナルの状態をイメージすることが難しく、手を焼きます。掛軸に使われている紙は梳き方や技法が独特な上、泥の汚れで調査は難航。そこで五條は研究所に協力を要請し、赤外線や紫外線などを用いて、科学的に素材の構造を観察することからスタートします。調査をしているうちにも腐敗や劣化は続くので、一刻も早くそれらを食い止めることも重要。適切な処置をしておくことで、史料が美術的価値、あるいは歴史的価値を持つのかを判断し、修理方針について検討できるといいます。

©Aki yosii

 美術館や博物館、公共機関の文化財はもちろん、家庭に代々受け継がれてきた美術品などの修理も五條は積極的に行います。そんな彼に企画展示の修復を依頼していた博物館学芸員の押海祐介は、「美術館などの希少な作品にこそ、その才能が生かされるべき!」と不満な様子。しかしある時、五條が長年メンテナンスを担当している近所の家の掛軸が美しく良好な状態を保っている現場を見て、押海の文化財との向き合い方が変わります。

 個人蔵の文化財は持ち主が世代交代する時に行方知れずになったり、その価値を知らずに手放してしまったりするもの。文化財を残そうとする人と的確な修理ができる人がマッチングしなければ、そこにあることさえ気づかれず、消えゆきます。「自分の手のなかに次の世代へと伝えるバトンが握られていると思うと、ワクワクする」。装こう師という仕事の魅力を、五條はそう語るのです。

「国宝のお医者さん」で知る、装こう師あるある!?

  • 酷い汚れの被害を食い止めるため、フリーズドライ化して「時間を止める」ことがある
  • 市民ボランティアの力を借りて修復することもある。特別な機械や技術がなくても、どこでも誰でもできる修理の開発が研究されているため、家事で使用する道具を使うこともある
  • 掛け軸の修理には、軸棒の隠れる部分に修理が完了した日と修理者の名前を書き入れる。解体する時に前の修理者を知ることができる
  • 繊細で細かい仕事だからか、糖分が必要になり、スイーツに詳しい職人が多い
  • 国立博物館には、修理を本格的に行う文化財保存修理所が併設されていることもある
  • 凍結乾燥させた紙史料のクリーニングでは、マスクを必ず着用。落した泥などの粉塵を吸わないように気を付ける
  • 修理に不可欠な糊は手作り。年代物であることも