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「海をあげる」書評 かすかな言葉に耳を傾け、抗う

評者: 武田砂鉄 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月16日
海をあげる 著者:上間陽子 出版社:筑摩書房 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784480815583
発売⽇: 2020/10/29
サイズ: 20cm/251p

海をあげる [著]上間陽子

 「聞く耳を持つものの前でしか言葉は紡がれない」とある。沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わり、若年出産をした女性の調査を続ける著者によるエッセー集は、ようやく紡がれた言葉をこぼさぬように書き留める。だが、「言葉以前のうめき声や沈黙のなかで産まれた言葉は、受けとめる側にも時間がいる」。
 一七歳になったばかりの母親は、質問に対して、時に「うん」と答え、時に「ううん」と答える。振り返りたいとは限らない記憶を抱きかかえるように静かに歩んでいく人たちの痛みを知る。著者自身にも、言葉にするまでに、逡巡(しゅんじゅん)する出来事があった。
 踏みしめて乗り越えようとしても、その足跡が目に入り、むしろ後ずさりしてしまう。聞く人も、聞かれる人も、前に進む道中で、むしろ、記憶に捕まえられる。でもそれは、今を生きる人、みんながそうなのかもしれない。
 普天間基地のそばで暮らす。空には軍機が自由気ままに飛び、海には新基地建設のために土砂が放り込まれる沖縄。「『ざまーみろ』と、どこかで笑う誰かの言葉を勝手に思う」。辺野古で座り込みをした日の夕方、娘は母にたずねる。「海に土をいれたら、魚はどうなった?」「ケーサツは怖かった?」
 地上戦によって絶えた命が沖縄の大地に眠り続ける。米兵による性暴力は繰り返され、権力はそれを放置する。「沖縄のひとたちが、何度やめてと頼んでも、青い海に今日も土砂がいれられる。これが差別でなくてなんだろう? 差別をやめる責任は、差別される側ではなく差別する側のほうにある」
 力の強いものと、力を持たないものがいて、力の強いものは、持たないものが言葉を持つことを恐れる。警戒し、早めに潰そうとする。言葉を失ったものたちから、残された言葉、そして、新しい言葉を聞き取る。人間を信頼するとはこういうことなのかと知った。
    ◇
うえま・ようこ 1972年生まれ。琉球大教授(教育学)。著書に『裸足で逃げる』、共著に『地元を生きる』。