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差別体験を描く 胸を刺すように響く、切実な言葉 作家・小野正嗣〈朝日新聞文芸時評21年1月〉

鵜飼結一朗 妖怪(Monsters)

 文学に限らず美術や音楽でもそうだと思うが、一時は忘れられても、時代の変化によって輝きを取り戻し、その真価を発揮する作品がある。

 アメリカにおける黒人への構造的な差別に抗議するBLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動は、女性差別を告発する#MeToo運動とともに、いま、文学作品の産出と受容の仕方に、つまり書き手と読み手双方の感受性のありように大きな影響を及ぼしていると感じる。

 昨年出版されてアメリカでベストセラーになっている、黒人女性作家ブリット・ベネットの長篇(ちょうへん)『ザ・ヴァニシング・ハーフ The Vanishing Half』では、たしかに〈人種〉や〈差別〉が大きな主題を形成している。

 黒人差別の根深い南部の小さな田舎町から、貧しい家庭出身の双子のデジリーとステラの姉妹が出奔する。二人は黒人だが、肌色が薄いために外見上は白人と区別がつかない。

 あるとき一緒に行動していた二人の人生が分岐する。デジリーは黒人と結婚するが破綻(はたん)し、肌色の濃い幼い娘ジュードを連れて帰郷する。

 双子のもう一方ステラの消息はわからない。だが物語が進むにつれ、彼女が正体を隠して白人と結婚し、やはり娘がいることが明らかになる。

 たがいにそっくりだが性格のまったく対照的な双子の姉妹、そして一方は黒人として、他方は白人として生きるその娘たちの人生が思いも寄らぬかたちで交錯する。巧みなストーリーテリングに引き込まれる。

    ◇

 翻訳の刊行が待ち遠しいが、この小説を読みながらつねに僕の念頭にあったのが、カリブ海のフランスの植民地(現在は海外県)マルティニーク島出身の精神科医で、植民地解放の思想家フランツ・ファノンが、1952年に刊行した『黒い皮膚・白い仮面』(海老坂武・加藤晴久訳、みすず書房)だった。

 白人の黒人差別を告発する本書のなかで、とくに印象的なのは、白人支配やその差別的言説を糾弾しつつも、そうした差別が黒人の心理に、〈生〉そのものにどのような心理的なダメージを与えてきたかが克明に分析されているところだ。

 ファノンの言葉がときに胸を刺すような痛みを読者に与えるのは、それが彼自身の受けた差別体験に発する切実なものだからだろう。

 カリブ海の多くの地域がそうであるようにマルティニークの住民の大多数は、さとうきびのプランテーションの奴隷としてアフリカから強制移送された黒人たちの子孫である。

 奴隷制が廃止されたあとも、支配者であるフランスを崇拝する風土はむしろ強化され、フランス語やフランス文化への〈同化〉が社会的成功の鍵とされる。そうした社会では人々が肌色の濃淡で判断され、肌色が薄ければ薄いほど評価される。

 ファノンは、この黒人の〈白い仮面〉を求める自己否定的な欲望を〈乳白化〉の欲望と呼んだ。そして、この劣等感ゆえに、生まれてくる子供の肌色を少しでも薄くしたいと黒人女性は白人男性との結婚を望むのだと断じた。

 これは一方的で首を傾(かし)げたくなる見解である。だが、『ザ・ヴァニシング・ハーフ』に描かれる田舎町の黒人たちの薄い肌色への執着と黒いジュードへの冷淡さ、自己を否定し白人として生きる選択をせざるをえなかったステラの苦悩に触れるとき、そして何より、このような小説が〈いま〉書かれていること自体が、約70年前に刊行された『黒い皮膚・白い仮面』がアクチュアルな書物であることを示している。

    ◇

 BLMにせよ、ファノンが描く黒人差別にせよ、決して〈他人ごと〉ではない。僕たちの周囲にもあらゆる差別が存在する。外国人差別、女性差別、性的少数者への差別、心身にハンディを持った人への差別、同和問題、ハンセン病差別、イジメ……。新型コロナが蔓延(まんえん)すれば、感染者や医療従事者、その家族までもがいわれのない差別にさらされる。

 フランスのアラブ系移民労働者が置かれた差別的な状況に見て見ぬふりをすることのできなかったファノンは、あらゆる差別を〈自分ごと〉と感ぜずにはいられない人だった。

 『黒い皮膚・白い仮面』の中心的な主題が、黒人や植民地支配を受けた人々の差別からの〈解放〉だとしても、ファノンの究極の目標は、辱められ踏みにじられたすべての〈人間〉の尊厳の回復なのである。

 そのために何ができるのか? ファノンがまずは自身に向けたその問いは、僕たちすべてのものである。=朝日新聞2021年1月27日掲載

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