1. HOME
  2. 書評
  3. 「細野晴臣と彼らの時代」書評 日本語ロックの「厚み」を丹念に

「細野晴臣と彼らの時代」書評 日本語ロックの「厚み」を丹念に

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2021年02月13日
細野晴臣と彼らの時代 著者:門間 雄介 出版社:文藝春秋 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784163912073
発売⽇: 2020/12/17
サイズ: 20cm/511p

細野晴臣と彼らの時代 [著]門間雄介

 細野晴臣というミュージシャンを、読者諸氏はどう認識しているだろうか。
 YMOの中心として? はっぴいえんどからずっと? 松田聖子の一連のヒット曲の作曲者として? あるいは星野源が尊敬してやまない音楽家として?
 そのどれであっても本書はきわめて刺激的だろう。なぜなら幼い頃からアメリカ音楽に触れていた細野、そこから自分たちの道を見出(みいだ)す過程、挫折と実験の繰り返し、そして何よりも周囲を取り巻くきら星のごときアーティストたちの姿を、この本は見事に描いてくれているからである。
 そう、「彼らの時代」と銘打っている通り、著者は特に60年代後半以降の日本のロック音楽、ならびにポップスの動向を細野を基点として余さず調べ、多くの発言を拾いあげ、「時代」というものの厚みや不可思議な偶然の重なりなどを我々に伝えてくれる。
 したがってこの本は読者次第で様々な反応を生むだろう。例えば長い細野ファンである私は、戦後の東京山手に育った才能の多さとそのネットワークに驚き、彼ら豊かに音楽を受容出来た層がやがて「日本語ロック」へと進む成り行きに、〝東京らしい母音の少なめな滑舌〟が関係あるのではないかと妄想したり、「ああ、あそこであの人と細野さんが出会ったのか」と今もある場所そのものに思いをはせたりしたものだ。
 それにしても細野晴臣という星の光が、どれほど多くのアーティストに影響を与え、やがて遠く海外へも輝きを届かせ、さらに今のような演奏家としての充実へとつながっていくかには、戦後の日本が何もないところからどうやって自らの立ち位置を見出していったかの道筋を重ねることも出来よう。だとすれば現在の我々が世界というバンドのどこにどうやって存在すれば心満たされるかも示されているのかもしれない。
 数ある戦後ロックの書物の中でも、本書はその誠実さと丹念さで素晴らしい。
    ◇
もんま・ゆうすけ 1974年生まれ。元「CUT」副編集長。現在はフリーランスで雑誌や書籍の執筆などに携わる。