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「でたらめの科学」書評 高品質の乱数が安定させる社会

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年02月13日
でたらめの科学 サイコロから量子コンピューターまで (朝日新書) 著者:勝田 敏彦 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784022951045
発売⽇: 2020/12/11
サイズ: 18cm/221p

でたらめの科学 サイコロから量子コンピューターまで [著]勝田敏彦

 でたらめな科学ではなく、でたらめの科学である。主役は「乱数」。その歴史から最先端研究まで、奥深い乱数の世界へ誘(いざな)ってくれる楽しい読み物だ。
 サイコロの目が出る様子が「でたらめ」の語源だとの説もあるらしい。その意味では、内容にピッタリのタイトルといえよう。
 とはいえ、厳密にでたらめな目を出すサイコロを実現することは困難だ。統計研究のためのサイコロ作成法が英国科学誌「ネイチャー」に発表されたのは1890年。米国では60年以上前に、延々と乱数が並ぶだけの600ページの大著が刊行され広く活用されてきた。さらに現代社会では、それらとは比較にならないほど膨大な数と品質が保証された信頼できる乱数が不可欠となっている。
 2008年には、埼玉大学の内田淳史教授がレーザー技術を応用して、物理的装置に基づく乱数発生器たる「世界最速のサイコロ」作成に成功している。
 実際により広く用いられているのは、コンピューターによる疑似乱数だ。それを発生する最先端アルゴリズムは、広島大学の松本眞教授が考案したそうだ。
 その松本教授もかつて魅了されたことのある円周率πの数値の並びはどこまで乱数なのか。この問題に取りつかれた揚げ句、200万桁まで計算して1983年にギネス世界記録を達成したのは工学院大学名誉教授の三好和憲さん。三好さんは宇宙論的数値計算の先駆者として存じ上げていたが、かつてのπ計算記録保持者でもあったと知り驚かされた(ちなみに現世界記録は50兆桁だそうな)。
 コロナウイルスワクチンの有効性検証、暗号通信、サイバーテロ対策など、真にでたらめな高品質乱数こそ、今や社会基盤の安定性を左右する存在なのだ。
 新聞記者らしいテンポのある文章と、日本人研究者たちへの取材による臨場感のバランスが取れた本書を通じて、でたらめな乱数の世界を堪能して頂きたい。
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かつだ・としひこ 1962年生まれ。朝日新聞東京本社科学医療部次長。分担執筆に『20世紀の忘れもの』。