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木村洋さん『「蒲団」の時代 自然主義とは何だったのか』インタビュー 社会性は欠落していない

木村洋さん

 日本文学の大水脈をなす私小説の源流である自然主義は、しばしば「社会性の欠落した文学」といったレッテルを貼られてきた。中年作家の若い女弟子への劣情を赤裸々に描いた田山花袋の「蒲団(ふとん)」(1907年)に至っては、ポップカルチャーで面白おかしくネタ扱いされる始末。そんな思潮に一石を投じた。

 「戦後、西洋文学を基準に文学論を展開した評論家たちの見方は正しいのか、たどり直してみたかったんです」

 始まりはサントリー学芸賞を受けたデビュー評論『文学熱の時代』でも取り上げた国木田独歩。自然主義を先導した独歩が08年、36歳で亡くなった際、新聞が1面まるごと追悼記事にあてたり、雑誌が特集を組んだり、社会性のない文学者とは思えないほどの大きな扱いに驚いた。

 改めて06~10年の新聞や雑誌を「ローラー作戦」のごとくあたってみると、自然主義が社会を巻き込んだ一大精神運動だったことが浮かび上がってきた。日本が日露戦争に勝利し、国家の繁栄が個人の生活に優先された時代、個人の「あるがまま(自然)」を描いた文学は、危険思想のような扱いを受けていた。背景には、花袋や独歩、島崎藤村ら明治維新後生まれの作家と、上の世代の論客との価値観の相違もあった。

 「自然主義の文学者は、社会主義者のような政治体制の変革ではなく、心のあり方を変えようとしていた。自分の小説が広く読まれることで、少しずつ個人を、そして社会を変えていこうとしていた」

 文学研究に興味を持ったのは高校1年のとき、丸谷才一の『文章読本』に出会ってから。丸谷は大の自然主義嫌いで知られるが、文学を論じる手つきは確かに「師匠」の衣鉢を継いでいる。

 「文学を論じることが社会や文明を論じることにつながる。丸谷や山崎正和らのような視野の大きさが学問として大切だと思っています」

 次の興味は大正期の文学。岩野泡鳴(ほうめい)や相馬御風(ぎょふう)ら、今ではあまり顧みられることのない作家の仕事を通して、芥川龍之介や谷崎潤一郎を中心に語られがちな大正文学史の見直しをもくろんでいる。 (文・野波健祐 写真・門間新弥)=朝日新聞2026年6月6日掲載