1. HOME
  2. インタビュー
  3. 新作映画、もっと楽しむ
  4. 映画「あのこは貴族」で箱入り娘を演じた門脇麦さん 自由に生きる権利を解き放つ物語

映画「あのこは貴族」で箱入り娘を演じた門脇麦さん 自由に生きる権利を解き放つ物語

文:田中春香、写真:篠塚ようこ

「お嬢様」で終わらないように

――オファーを受けるにあたり、原作小説の『あのこは貴族』は読みましたか?

 はい、読みました。同じく山内マリコさん原作の映画「ここは退屈迎えに来て」にも出演していてそちらも読んでいるんですけど、山内さんの作品は、とにかく地の文が魅力的だと思います。「ちょっとドキッとする山内さんらしい言葉」が散りばめられていて、その言葉たちが山内さんの作品の世界観を創っていますよね。

 「」(かぎかっこ)の台詞も日常的というよりは、やはり読み物としての面白さに寄った言葉並びが多い印象なので、これを脚本に落とし込んでいくのは難易度が高い作業だろうなと思いました。

――原作小説を役作りに生かすことはありますか?

 私は脚本に書かれたことを演じることが全てなので、原作は読みますが、役作りの参考にはしていません。本を読むのは好きなので、読み物として楽しみつつ脚本と向き合うという取り組み方をしています。

――今回門脇さんが演じた華子は、渋谷区松濤出身で実家が病院を営む、いわゆる「良家のお嬢様」です。多くの人からすると「特別である」女性を演じるにあたり、大切にしていたことはありますか?

 華子を「特別な存在」として見せてくれたのは、私ではなく衣装やロケーション、上品なライトの当て方などによるものだと思います。そうやって環境を整えていただいた中で、私はむしろ「特別ではない」ように演じることを心がけました。そうでないと、ただただみんながテレビや漫画を見てイメージする「お嬢様」で終わってしまうと思ったので。

 お芝居としては普段となんら変わらずに、華子というひとりの女の子を演じるというだけで「お嬢様だからこう演じよう」といったことは意識しませんでした。きっと華子は自分のことを特別だと思っていないと思いますしね。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

――あえて特別には演じない、というのはおもしろいです。

 「東京育ちのお嬢様」という役はすごく記号的だからこそ、ひとりの普通の女性として「お嬢様」の枠を超えてちゃんと肉付けして役を作っていかないと、地方出身の美紀の役も際立たなくなってしまうなと思いながら役を作っていました。

これは「人間讃歌」の物語

――役作りにあたって、華子や幸一郎のような生活をする方々とお話しすることはありましたか?

 実は身近に彼女たちのような環境の知り合いがいて、その方を介して複数名と食事をする機会をいただき話を聞きました。でも結局みなさん、どんな質問にも「私たちは普通なので……」とおっしゃるんです。だから「これを演技に生かそう!」といった具体的なエピソードはなかったです。ただ、「みんな、自分のことは普通だと思って生きている」というのは気づきでしたね。選民意識のない振る舞いは華子像に近いと思いました。

 一方で、その選民意識の無さが余計、美紀に「太刀打ちできない」と思わせたんでしょうね。まだひけらかしてくれたほうが戦闘態勢に入れる、けど、それすらないんですよね。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

――まもなく夫となる幸一郎とのつながりを持つ美紀と対面するシーンは、まさに「戦闘態勢」にならない、意外な展開でした。

 あのシーンはとても緊張しました。「華子の姿を見て美紀が敗北感を覚えるシーン」というシーンだったんです。登場して、会話をしただけで「本当にお嬢様なんだ、私とは階級が違うんだ、敵わない」と、戦う意志を失わせるぐらい圧倒させなくてはいけない。気合いだけでどうにかなるものではないし、私の方がむしろ(水原)希子ちゃんに圧倒されちゃうよって思ったし(笑)。大変なシーンでした。

――ひとりの男性と、彼と関係を持つふたりの女性、という構図ながら「女性同士の対立」を描いていないですよね。言葉にし難い、華子と美紀の関係に共感することはできましたか?

 考え方も育ちも違う華子と美紀は今後も友達にはならないと思うんです。人が人と出会う中で「交わらないだろうな」という出会いもやっぱりありますから。でも華子は、美紀の一言に勇気や優しさをもらうんですよね。

 人と人との出会いというものが、シンプルにそんな出会いだったら素敵だなって思います。もちろん「ひとりの男性を巡るふたりの女性」という関係ではあるのですが、前提として人類愛の話だと思うので。いかに「あの子はこういう子だから」と人を分断して見ずに、傷ついている人に声をかけるか。私はこの映画を「人間讃歌」の物語だととらえました。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

自分をカテゴライズするのは自分

――本作は「東京」をいろんな角度から描く物語で、土地を描く作風は山内マリコさんの作品の特徴の一つとも言えます。門脇さんは東京出身ですが、普段、東京育ちを意識することはありますか?

 上京してきた方の「東京への憧れ」の話を聞くと、私にはそういうものはないことを実感します。「東京に出る・出ない」それだけでも人生の大きな選択だし、私たちにはない覚悟を持っているんだと思います。

 「東京出身だから恵まれているな」と感じたことさえもありませんでした。もちろん「東京=恵まれている」というわけでもないと思いますし。上京組の美紀に感情移入される方はやっぱり多いですね。そういう方はこの映画を私とはまた違う見方をされているんだろうなって思います。

ドレス9万5000円(blamink tel:03-5774-9899)他、スタイリスト私物。スタイリスト:清水奈緒美、ヘアメイク:石川奈緒記

――東京、その中でも「港区」や「松濤」といった「生きている土地」や階級で人生がある程度決まってしまうことが描かれていますが、門脇さんは率直にどう思われますか?

 生まれた土地の話だけでなく、そういうことっていっぱいあると思います。自分では選べないその人が纏っている皮膚のようなものって。世間や他人の目によって決まってしまうこともあるかもしれないけれど、結局は自分で自分のことをカテゴライズしている部分もあると思います。華子と幸一郎は「都心の一等地出身である」ことに、実は縛られている人たち、なんですよね。自由に生きる権利を自分から奪っているのは自分かもしれない。この作品はそこから解き放たれていく話だと思います。