- 『泣きたくなるような青空』 吉田修一著 集英社文庫 572円
- 『ニムロッド』 上田岳弘著 講談社文庫 660円
- 『翻訳教室 はじめの一歩』 鴻巣友季子著 ちくま文庫 880円
(1)九州、沖縄、台湾、ニューヨーク。航空会社の機内誌の連載エッセイを集めた本書は、読者を様々な場所に連れて行ってくれる。旅先の音や匂いや出会いが記憶の扉を開き、著者の過去へと読者をさらに導く。短編のインスピレーションをはじめとした創作にまつわる挿話もファンには嬉(うれ)しい。学生時代の合唱コンクールに関するエッセイに出てくる「結局のところ、文学とは人間の声のことではないか」との言葉には思わず頷(うなず)いている自分がいた。
(2)情報化や効率化が進む社会で人はどう生きていくべきか。本作の核にはそんな問いがある。語り手は、会社で細々と仮想通貨を「採掘」する「僕」。証券会社で大きな仕事に携わりながらも「人類の営み、みたいなもの」に「のれない」恋人も、社会に認められない小説を「ニムロッド」という筆名で書き続けている同僚も、「僕」との関係が一種のライフラインとなっている。それぞれの方法で、静かに社会に抗(あらが)う三人が、不器用にもつながろうとする姿には心動かされるものがある。
(3)文芸翻訳家が、母校の小学校で「翻訳教室」を開く。受験対策のための英文和訳の授業ではなく、どちらかというと文芸創作のワークショップに近い。6年生の少年少女たちは「世田谷線になった」つもりで文章を書き、名作絵本を共同で翻訳していく。「能動的に読む」ことを教えられた生徒たちの訳文は生き生きとしている。翻訳家志望の方はもちろん、創作全般に興味のある方にお勧めしたい。=朝日新聞2021年2月27日掲載