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田口俊樹さん「日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年」インタビュー 失敗談も極意も軽やかに

田口俊樹さん=都内、永友ヒロミ氏撮影

 ミステリー小説を中心に約200冊の翻訳を手がけてきた。ローレンス・ブロックの洒脱(しゃだつ)な泥棒シリーズや、詩のようなボストン・テランの暗黒小説、それぞれの味わいに応じて文体は硬軟自在。だが振り返れば誤訳もあった。ジョン・ル・カレのご機嫌を損ねたりもした。そんな失敗談を交えて、翻訳の面白さや難解な原文との格闘をコラムにした。

 高校の英語教師になったのが1977年。翌年、勉強不足を補うため早川書房の編集者だった友人に頼んで短編の翻訳に挑戦した。そこで気づいた。「翻訳って楽しい!」。純文学より下に見ていたエンタメ小説の底力も知った。

 高校教師との兼業は10年ほどで終えたが、翻訳学校の講師は30年余り続けている。「そういう副業なしで、翻訳一本で生きるのがかっこいいかなあとしばらく思っていた」。大先輩の故小鷹(こだか)信光にもレッスンプロになるなと戒められ、本業をおろそかにしないよう心してきた。プロデビューした門下生は加賀山卓朗、芹澤恵(めぐみ)ら数十人に上り、「いまでは生徒たちの活躍が誇らしい」。

 ノウハウを惜しみなく伝える本書だが、「かくあるべしとか、べからずとか、ごたいそうな『翻訳道』を説くのは性格的に向かない。食う手段として仕事として取り組んできただけ。自由にやって、うければ勝ちなんです」と筆致は軽やかだ。

 「やるからには、作品をより良くみせたい」。原文から離れない範囲で見え見えの伏線をぼかしたり、名ぜりふを生かすためにメリハリをつけたりするのもプロの技。

 かつてブロック氏に小説家にとって大切な資質を尋ねると、答えは「勇気と正直さ」だったという。では翻訳家にとって大切な資質は?と田口さんに聞くと、「根気と遊び心。翻訳もエンタメですよ」。(文・藤崎昭子 写真・永友ヒロミ)=朝日新聞2021年3月6日掲載