新型コロナワクチンの接種が日本でも始まった。まず医療従事者たち、次に高齢者、その次に基礎疾患を持つ人や高齢者施設で働く人たち、という順で接種が進められる。
無料だ。が、強制ではない。受けるか受けないかはそれぞれの判断に任される。
そう聞いて戸惑っている方にお薦めしたい一冊が『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』だ。新型コロナとはどういうものか、ワクチンと免疫についてわかっていることは何か等々、ウイルス免疫学が専門の病理診断医・峰宗太郎さんとジャーナリストの山中浩之さんが楽しげにやりとりしながら解説していく。
この1年で急に耳にするようになったさまざまな用語や主張について、「そういうことだったのか」と腑(ふ)に落ちる瞬間を何度も体験できるだろう。
ただ、峰さんが最後に強調しているのは、この本を含め丸のみはするな、ということ。「誰それが言っているから」という理由で丸々信じるのではなく、話の中身を自分で検討し、複数の情報源から情報を集めて咀嚼(そしゃく)して行動してほしいと訴える。
不確実な部分も
これはその通りと共感するけれど、実行するのは難しいことだとも思う。今や情報はあふれかえっており、いわゆる怪しい情報を弁別するのでさえ言うほど簡単ではない。
とくにワクチンは、しっかりした情報を集めても不確実な部分が必ず残り、それでも判断しなければならない難しさがある。不確実性をどう見積もるかは専門家にとっても難題だ。
『ワクチン いかに決断するか』(リチャード・E・ニュースタットほか著、西村秀一訳、藤原書店・3960円)を読むとそれがよくわかる。本書はスペイン風邪の再来を恐れた米国政府による全国民ワクチン接種事業が2カ月半で中断に追い込まれた1976年の「事件」の学者によるリポートである。
「スペイン風邪の再来」がどれほど怖いか、今の私たちならわかる。その可能性を見つけた公衆衛生当局者が全国民ワクチン接種を進言し、大統領は決断した。ところが、接種後に時を置かず死亡する高齢者やギラン・バレー症候群という重い病気になる人が(因果関係は不明だが)出たことから接種事業は中断。そして、結局のところインフルエンザの大流行は起きなかった。
訳者の西村秀一さんが書くように、登場人物に悪者はおらず、みな善意だった。それなのに、振り返れば「大失敗」と総括される事態が起きた。
つい「だからワクチンは怖い」と短絡しそうになるかもしれない。しかし、そんな単純な話ではないのだと痛感させられるのが、昨秋出た『ワクチン・レース ウイルス感染症と戦った、科学者、政治家、そして犠牲者たち』である。
開発競争の内実
20世紀に繰り広げられたワクチン開発競争の内実に米国の医学ジャーナリストが迫り、そこにはあらゆる種類の困難が横たわっていたことを克明に描き出す。同時に、ワクチンがない場合に感染者がたどる過酷な運命を淡々とした筆致で示す。
ワクチンの歴史について、いわば酸いも甘いもかみ分けて語る良書だが、500ページを超す厚さにたじろぐ方も多いかもしれない。そういう方がワクチンの全体像を見通すには、消化器外科医・3児の母・漫画家のさーたりさんが父親でウイルス感染制御が専門の小児科医・中山哲夫さんと著した『感染症とワクチンについて専門家の父に聞いてみた』がある。
128ページという薄さだが、歴史がわかり、ワクチンの威力とともに問題点もわかり、行政や社会の側の課題にも気づかされる。実用的な情報も満載だ。=朝日新聞2021年3月13日掲載