世界で一番優しい怪物のお話(井上將利)
今年度、最も心に刺さった作品を選ぶということで、この一年も素晴らしい作品に沢山出会えた訳ですが、その中で一番を決めるのはそれはそれは難しく……。
そして、どうも最近の自分は「獣」に惹かれるようで(笑)。
今回選ばせていただいたのは昨年6月に刊行された、小石川あおさんの「食べないの? おおかみさん。」(幻冬舎コミックス)。僭越ながらマイベストにするほど、とっても大好きな作品です!
タイトルの通り、おおかみ男が登場する本作は表紙デザインも素敵で「赤ずきんちゃん」を連想させる構図に少し危なげな雰囲気が漂いますよね。
ところが、このおおかみ男、非常に紳士的で世話焼きで心配性なんです。彼の名前はウル。森に潜む恐ろしい怪物でありながら、生け贄として人間から差し出された幼い少年、太郎と一緒に森で暮らしています。太郎はウルに大切に育てられ、親子のような関係ですが、自分が生け贄であることを知った上で「僕のことはいつ食べる?」と成長するたびにウルに問いかける日々。そんな太郎の問いをウルははぐらかしつつ、「いつか美味しく食べるためさ」と言って太郎に勉強や歌、踊りを教えたり、時には身を挺して危険から太郎の身を守ったりと愛情を注いで育てます。太郎はそんなウルを素直に好きだと感じつつも「いつ自分を食べてくれるのか?」と思いを募らせていきます。
2人の生活はとても穏やかで愛に溢れています。それゆえに食べる側・食べられる側という歪な関係性が際立ち、傍から見ている読者は思わずはらはら。真っ黒な毛並みのウルと真っ白な体の太郎というコントラストにもそのギャップが表れている気がします。でも2人の間には確かに愛情が存在していて、ずっとこのまま見守りたくなってしまうところが本作の見どころの一つです。
もう一つ、僕のお気に入りのポイントとして、ウルのキャラクターデザインがあります。「人間っぽい狼」とか「狼みたいな人間」という感じではなく、紛れもなく狼。リアルな毛並みの描写も凄いですが、特に表情が凄い! 獣としての表情で喜怒哀楽が確かに表現されていて読者に思いが伝わってきます。
そして物語では、太郎が声変わりを迎えたり、恋や愛を理解したりしていきながら少しずつ成長し大人になっていきます。それを見守るウルにも複雑な感情があって、2人の関係には徐々に変化が……。
ウルは何者なのか、そして太郎は、2人はどうなるのか?
少年の成長を見守り、おおかみ男の深い愛情に心打たれる物語。これは世界で一番優しい怪物のお話です。
2020年度イチ癒された子育てBL(キヅイタラ・フダンシー)
2020年度も心の赴くままにBL作品を読んできました! 最近“子育てBL”が自分の中でトレンドでして(笑)、恋愛だけではなく日々の暮らしを垣間見られる感じが大好きなんですが、この1年のマイベストとして選ばせていただいた作品が、まさにそのツボに刺さりまくりました。こちらです!
akabekoさん「タケトコタトアオト」(竹書房)。
もう表紙からすごく好みです。桜の咲くあたたかな季節に子供と一緒に日用品を買う2人……。きっとほっこり幸せな話だろうなって伝わってきます! 買っているものがトイレットペーパーとかっていうのがまた生活感が出ていてイイんですよねー!(笑)
お話は、武(タケ)とその息子・健(コタ)、志田(アオト)を中心に繰り広げられます。嫁が突然家を出ていってしまい父子家庭になった、タケとコタ。早くも反抗期を迎えるコタに苦労しながらも子育てを頑張ってきたタケ。コタの通うことになった保育園で、新人保育士として再会したのが中学の時の同級生、アオトでした。
旧知の仲だった2人が家でしっぽり飲んでいるときに見せたアオトの優しさに、男手一つ頑張ってきたタケの心はほぐされ、思わず号泣してしまうのでした。急接近した2人はさびしさを補うように一緒に過ごすようになり、恋人関係に(のちにアオトの昔の気持ちも知ることとなるのですが、そこもキュンキュンします笑)。
そんなこんなで、タケとコタの暮らしにアオトが加わって、タケの母親とみんなで家族。タケの母親はババアなんて呼ばれていますが、すごく良いキャラクターで、タケにとってはいつまでも愛情あふれたお母さん。最初は会話もあやふやでイヤイヤモード全開だったコタも、話を追うごとに着々と成長して、騒動を起こしながらも2人に大切なことを教えてくれます。大好きな人と一緒に暮らすことが、自分たちにとっての“普通の家族”。一つひとつのエピソードがそのことを感じさせてくれて、毎話あったかい気持ちになれました。タケとコタとアオトと、3人で一緒に育っていく物語、2020年一番癒された作品でもあります!
タケは見た目は元ヤンな感じですが、素直で頑張り屋で賑やかで、いちいち顔が赤くなったりで、だいぶ可愛い! 陰キャと言われがちなアオトが惹かれる気持ちが分かるような気がしました(笑)。“フウフ”の営みも毎話しっかりあって、もう甘々のラブラブです! 2人の恋愛も家族の話も大満足な1冊、ぜひ楽しんでもらえればと思います♪