ISBN: 9784622089636
発売⽇: 2021/01/20
サイズ: 20cm/291,38p
ISBN: 9784532358747
発売⽇: 2021/01/15
サイズ: 20cm/347p
絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの [著]アン・ケース、アンガス・ディートン/日本人の健康を社会科学で考える [著]小塩隆士
トランプ政権の成立の背景として、米国の白人労働者の困窮は日本でも伝えられてきた。『絶望死のアメリカ』は、それが死亡率の上昇にまでに至っているという事態の深刻さの全体像をデータで描き出すとともに、資本主義のありかたとの関係を論じている。
著者の一人のディートンは「消費と貧困、福祉」の研究でノーベル経済学賞を受賞し、13年に原著が出た『大脱出』では「貧困と早すぎる死からの脱出」を語った。そこでは米国は所得格差拡大を伴いつつも、健康面では改善を続けてきた国の一つだった。その社会の一部に「早すぎる死」が再来していることの発見は悲痛である。
著者らが絶望死と呼ぶのは、薬物、自殺、アルコールという三つの要因による死だ。この増加が、1999年以降、45~54歳の非ヒスパニック系白人の死亡率を反転上昇させているという。
健康悪化に襲われているのは白人内でも低学歴の労働階級だ。本書には学士号の有無でデータを比べたグラフが多数並ぶ。死亡率に加え、健康状態の自己評価、深刻な心理的苦痛、昨日痛みを感じた人の割合、飲酒時の平均的杯数。学士号未満ではどの数値も悪く、その度合いが増している。
なぜ薬物や酒に追い込まれるのか。平均所得、雇用比率、結婚、教会への参加率、人生への自己評価。いずれも学歴での分断が広がる。学士号未満の層では、賃金や仕事の質の劣化に加え、家族や職場、コミュニティを基盤にした生活様式の崩壊が進行している。
労働階級の衰退と絶望。その原因の筆頭に挙げられるのは、米国の医療制度だ。中毒死を起こす鎮痛剤(オピオイド)を合法的に蔓延(まんえん)させただけではない。巨額の医療負担が業界の利益に消え、貧乏人から金持ちへの「上への再分配」が起きている。米国経済のあちこちで横行するこうした「明らかな不正義」に焦点をあてた改革は、左右両翼から支持されうるというのが著者らの主張だ。
オピオイドや医療制度については、米国の状況は特殊性が強く、反面教師、あるいは将来への教訓で済ませたくもなる。だが、『日本人の健康を社会科学で考える』は、日本社会にも不気味な兆候があることを教えてくれる。就職氷河期世代の健康状態が、他の世代に比べ見劣りするという指摘だ。さらに、学卒後最初に就く職業が正規雇用かそうでないかによって、メンタルヘルスに違いがあるという分析が示されている。
著者自身がこうした関係には様々な解釈がありうると述べているが、影響が続いているとすれば見過ごせない。柔らかな筆致ながら「健康格差」に敏感であろうとする視点の大事さに気付かされる。
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Anne Case 米プリンストン大名誉教授。米国家科学賞大統領諮問委員▽Angus Deaton 米プリンストン大名誉教授。2015年にノーベル経済学賞。著書『大脱出』。▽おしお・たかし 1960年生まれ。一橋大教授。