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インドが舞台の絵本「1つぶのおこめ さんすうのむかしばなし」 視覚で楽しむ「かけ算」

文:澤田聡子 プロフィール写真:本人提供

算数も物語も楽しめる

――インドのある地方に住む村娘のラーニは、けちな王様に褒美としてお米を1粒願い、30日にわたって前日にもらった倍の数のお米をもらうことを約束させる。今日は1粒、明日は2粒、あさっては4粒……さて、たった1粒のお米は、30日後は一体何粒になる? 『1つぶのおこめ さんすうのむかしばなし』(デミ作・光村教育図書)は「かけ算」を題材に、インド細密画の技法を駆使して描かれた美しい絵本だ。翻訳を手がけたさくまゆみこさんと編集を担当した光村教育図書・書籍出版部の鈴木真紀さんに、同書の魅力について語ってもらった。

さくまゆみこ(以下、さくま):児童書の編集者をしていたころから 、理数系に関心がある子どもとファンタジーなどの物語世界に関心を持つ子どもの両方が楽しめる作品がないか、探していました。この絵本の原作に出合ったとき、これはぴったりの絵本が見つかった!と思って、光村教育図書さんにご相談したのが翻訳のきっかけです。

鈴木真紀(以下、鈴木):初めてさくまさんに原書を見せていただいたとき、「算数」という題材に加えて、舞台が昔のインドというところも面白いと思いました。光村教育図書では1998年から翻訳絵本の出版も手がけるようになったんですが、英米の作品が多かったんです。原書が英語以外の絵本をはじめ、英米以外の国や地域を舞台とした絵本を紹介したいと思っていました。

『1つぶのおこめ さんすうのむかしばなし』(光村教育図書)より

さくま:さまざまな海外の絵本を読んできましたが、デミさんの絵本はずっと心に残っていまして。アメリカ人ですが、東洋の文化や仏教芸術などに大変造詣が深くて、パートナーも中国の方。いろんなアジアの物語や人物をテーマに、絵本を描き続けています。

鈴木:デミさんは、本国アメリカでは300点以上も子どもの本を手がけている絵本作家。19世紀に活躍した米国の肖像画家、ウィリアム・モリス・ハントさんのひ孫でもあるんですよ。

さくま:「デミ」というペンネームがエキゾチックな響きですが、実は子ども時代のあだ名なんですよね。身長がお姉さんの半分だった、という意味で「デミタス」などの「デミ」。

鈴木:家族から付けられたニックネームをペンネームとして使ったんですね。

目新しさより「大切なこと」を

——「むかし、 インドの ある ちほうに/ひとりの おうさまが いました。/この おうさまは、じぶんは/かしこくて ただしくて、おうと/よばれるに ふさわしいと/おもいこんでいました。」という一節から始まる本書。賢い娘がけちな王様を懲らしめ、改心させるという“王道”のストーリーだ。

さくま:原書のサブタイトルに「FOLKTALE」とあるように、インドに伝わる昔話を題材にした物語です。個人的な意見なのですが、小さい子どもが読む絵本というのは、目新しさやエスプリよりも「大切なことは何か」をオーソドックスに伝えるもののほうがいいのではと感じています。『1つぶのおこめ さんすうのむかしばなし』は、そうした意味で長く親しまれる絵本だと思いますね。

鈴木:ワクワクしながら読み進めて、最後に王様が改心してすっきりするストーリーですよね。

『1つぶのおこめ さんすうのむかしばなし』(光村教育図書)より

さくま:デミさんの絵や構成が素晴らしいのは、お米が増えるにつれ、クジャク、ヒョウ、虎、ライオン、牛、ラクダ、ゾウ……と、いろいろな動物が次々に登場するところと、増え続けるお米を視覚的に表しているところ。お米が30日目にはなんと「5億3687万912粒」になる。増えたお米の量を観音開きのページでダイナミックに表現しています。

鈴木:このページは圧巻ですよね。日を重ねるごとにお米の数が倍、倍と増えていき、ページを埋め尽くすラクダやゾウを見たときの驚きといったら。絵本の読み聞かせをした読者の方からも、「子どもたちがびっくりして、歓声があがりました!」とよく感想をいただきます。

さくま:科学や数学の入り口となる絵本でも、知識を教え込むより先に、「不思議だな」「びっくりした!」といった心を動かされる体験があったほうがいいと思うんです。私自身、子どものころは算数が得意科目じゃなかったので、よく分かるんですよ。小さな子どもは具体物を見て認識力を発達させていきますが、算数はある年齢から抽象的な概念を理解することが必要になってくる。そうなったときに、ついていけなくなる子もいるんじゃないかな。だから、絵本という視覚的なものを通して、数の大きさやかけ算について「面白い!」と思ってもらうことが、算数を好きになる第一歩だと思います。

鈴木:私の夫は数学の研究者なんですが、研究室に行くと老若男女が入り混じって、垣根なくパズルを一緒に楽しんでいるんですよね。みんなワクワクしながら同じ問題を解いている。そういう姿を見ていると、国境や年齢の壁を越えて数字や図形で会話ができる、数学の面白さを感じます。

「インド細密画」を再現

——金や赤がふんだんに使われた鮮やかな色彩。16世紀後半から19世紀前半にかけてムガル帝国などで描かれた伝統的な「インド細密画」を再現した絵も、魅力の一つだ。

さくま:この緻密な絵もデミさんの作品ならではですね。ゾウの描き方などを見ると、明らかにインドのムガル絵画をお手本にされていると思います。

鈴木:細い絵筆で描き上げるタッチが繊細で美しい。さくまさんにはデミさんによる『フローレンス・ナイチンゲール』(光村教育図書)も翻訳していただいたのですが、絵本によって技法や画材が違いますね。

『1つぶのおこめ さんすうのむかしばなし』(光村教育図書)より

さくま:いろいろな表現方法を学んで、その絵本にぴったりのものを取り入れていると思います。『1つぶのおこめ さんすうのむかしばなし』は、CGを使っているページもありますね。

鈴木:ラクダが登場するページなどを見ると、CGをうまく使って描いていることが分かります。アメリカでの出版は1997年ですから、まだコンピューターでの作業が絵本作家に普及しているといえない時期から、作品づくりに取り入れていることに驚きます。

さくま:赤や金といった独特の色彩も美しいですが、これは印刷で色を再現するのに大変な苦労があったのでは……。

鈴木:金の色合いが難しくて。赤っぽい金色だと温かみは出るものの、高級感に欠けてしまう。12種類くらいの金色のインクの中から何種類も色校正を取って、最終的に青みも少しある金色を選びました。ちなみに今では、この絵本のために数種類のインクを混ぜて、特別に練って作ってもらっています。初版のころは油性インクを使っていましたが、今は紫外線を照射することで定着する「UVインク」を使っています。

声に出して数を実感

——わくわくするストーリー展開と視覚で感じられる「数の不思議」。親子で数字を数えながら読むとさらに盛り上がるそうだ。

鈴木:学校での読み聞かせでも、たくさん活用していただいています。子どもと読むときは、「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……」と一緒に声に出して数えながら読むと大きな数が実感できると思います。読者からの声で印象的だったのは、これを読んだお子さんが「1円からスタートしてお小遣いを前の日の倍にしてください」と交渉してきた、というエピソードですね(笑)。

さくま:賢いですね(笑)。『1つぶのおこめ さんすうのむかしばなし』は、かけ算の話なので小学生向けと思いがちですが、未就学児でも楽しめますよ。孫が2歳なんですが、読み聞かせすると面白がって聞いてくれます。かけ算の部分はもちろん分からないのですが、いろいろな動物が次々に現れて増えていくところが楽しいようです。

鈴木:年齢に合わせて、色々な読み方、楽しみ方ができる絵本だと思います。

さくま:未就学児時代に「読み聞かせ」を習慣にしていても、小学校に入学すると、やめてしまうご家庭も多いと思います。でも、子どもが求めるようならぜひ続けてほしい。小学校低学年って文字は読めるけれど、お話を同じ速度で理解できているかというと、そうでもないんです。親子でコミュニケーションしながら、「絵本や物語を読み聞かせできる時間」を大切にしてほしいですね。