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「日本のSF小説は世界に誇るべきカルチャー」日米の架け橋になっているラッパー・OMEN44の3冊

文:宮崎敬太、写真:本人提供

 「ラップを始めたのは90年代です。でも10代の終わりにドラッグのやりすぎで頭がおかしくなってしまって(笑)。このまま地元の神戸にいたらダメになってしまうと思い、2000年にニューヨークへ移住しました。ずっとアメリカで活動してみたかったんです。けど英語はアメリカに住んでいた頃の小学生レベルで止まったままだったし、さらに何もない状態で行ったので最初の2~3年は大変でしたね。ジャパレス(日本料理店)で週6日間バイトして、合間に英語の勉強もして。音楽やる余裕はなかったです。でも生活力はつきました。

 徐々にクラブに行く余裕ができてきたけど、友達がいなかったからシーンがどこにあるのかわかんなかった。あの頃はまだインターネットもそこまで普及してなかったし。だからクラブでいろんな人に声をかけて仲良くなって。アメリカのラッパーたちと競えるほどの英語力がなかったので、最初はDJやビートメイカー、イベンターとして活動してました」

Omen44 -“Eclipse” feat. Planet Asia, Sicknature Produced by Gradis Nice, Scratches by Dj YOHEI

ウィリアム・ジェイムズ「宗教的経験の諸相」

 「日本でめっちゃドラッギーだった時期、精神世界にハマってたんです。『僕はなんで生きてるんや?』って(笑)。別冊宝島から出てた『精神世界マップ』を片手に神秘主義とかの怪しい本をディグしまくった結果、行き着いたのが『宗教的経験の諸相』でした。いろんな人の宗教的経験を取材してまとめた1902年の本です。宗教的経験というと小難しいけど、典型的なのは臨死体験みたいなもの。そこで何を気づいたか、という。

 一般的にヒップホップとサイケデリックカルチャーはあまり結びつかないけど、僕は10代の時、DJ Krushさんの作品をリリースしてたイギリスのレーベル・Mo’Waxや、トリッキー、マッシヴ・アタック、ポーティスヘッドのようなブリストルのアーティストも大好きでした。イギリスのヒップホップは、サイケデリックなレイヴやジャングルから影響を受けていて。アメリカのヒップホップでは考えられないようなことをやってた。実際DJ Krushさんの曲にもゴアトランスみたいな音が入ってましたし。そういう混ざり方がルーツにあるので、自分的には自然な流れでした。

 僕の宗教的経験は、ファイヴ・パーセンターズ(※ネイション・ オブ・イスラムから分派した団体)に入ってCulture Freedom Allahという名前をつけてもらったこと。実は昔は自分の声はコンプレックスでした。どんなにがんばっても、アジア人にしか聴こえない。工夫しても、アフロアメリカンの周波数が出ない。けど、この名前をもらったことで、なんで自分はアメリカに来て、苦労して、悩んで、いろいろやってきたのか、ようやくわかった。文化を通して人を自由にするためだったんだ。さらに『Freedom(フリーダム)』は『Free dumb(フリー・ダム)』でもある。つまり喋らない者たちに声を与えること。アメリカでは日本人なんて、中華系、韓国系もひとまとめにした単なるアジア人でしかなく、圧倒的なマイノリティなんです。僕はニューヨークと東京を結び付ける架け橋になりたい。そこから自分の声を自分の特徴だと考えられるようになりました」

OMEN44とChelsea Reject

伊藤計劃「虐殺器官」、山本弘「アイの物語」

 「日本人の変態的にかっこいいトラックメイカーを世界に紹介したくて、昨年末に『Hentai』というアルバムを出しました。なぜこの言葉をタイトルにしたのかと言うと、海外でものすごく知られてて、同時に面白がられてる日本語だから。

 アメリカから日本を見ていて思うのは、日本人は自分たちのどういう部分が海外で興味を持たれてるのか、もっと意識的になるべきってこと。例えば、アメリカには日本のSF小説ばかりを翻訳してる『Haikasoru』ってレーベルがあって、ここから紹介された作品はものすごく評価されてるんです。一番有名なところだと、桜坂洋の『All You Need Is Kill』。トム・クルーズ主演で映画化されましたよね。

OMEN44とChelsea Reject

 アーサー・C・クラークの『地球幼年期の終わり』や、ダン・シモンズの『ハイペリオン』シリーズみたいな海外のSF小説も大好きだけど、日本のSF小説はそういった作品と比較してもすごい。世界に誇るべき文化だと思っています。一番好きなのは伊藤計劃。『虐殺器官』という作品でデビューして、2年後に亡くなってしまった。作中に人工筋肉を使った飛行機の描写が出てくる。これを読んだ時、いずれ生命と機械との狭間に生ずる問題が出てくるんだろうなと感じた。

 あと山本弘の『THE STORIES OF IBIS』も素晴らしかった。原題は『アイの物語』ですね。でも恋愛の話というよりは、ゲームの世界が現実になったような物語でした。いつかAIやロボットの人権について考えなくてはいけない未来がくるのかもと感じさせられましたね。

 なぜ日本のSFが人気があるのか。それは世界の人たちが、日本に“高度に近代化された社会”というイメージを持ってるから。故にSF的な発想にも独特の説得力が出てくる。もちろん日本の自殺率の高さとか病んだ部分があるのは知ってる。だけど“日本”は世界に出て行く時のブランドになりうるんです」

 象徴的な3冊を紹介してくれたのち、OMEN44はこう続けた。

 「よく言われることだけど、日本人の特徴は0から1を生み出すことではなく、生み出された1を器用にアレンジできることだと思う。外から見てると改めてそう感じる。例えば、渋谷の宇田川町でFACE RECORDSというレコード屋をやってる間宮くんが、2018年にブルックリン支店をオープンさせたんです。お店で推してるのは和モノ。アメリカのソウルを日本的にアレンジしたシティポップとかだね。あと洋楽のレコードでも、日本盤って日本盤限定のボーナストラックがついていたり怪しい帯がついてるでしょ? そこが面白がられてる。こういうのが日本のカルチャーだと思う。僕は日本人にもっと世界に出てコミュニケーションしてほしい。失敗を恐れずに。日本人は失敗を極端に嫌うけど、僕は失敗してなんぼだと思う。その積み重ねを経ることで、自分の感覚になっていくから」

Omen44 feat. GOCCI, CQ -“Watch Us King I Divine(Don't Test The Remix) ”

 なおOMEN44はアルバム「Hentai」の収録曲をDJ MinoyamaがDJミックスした音源をフリーダウンロードで発表する。同作にはDJ Sharkが手がけたトラックも新たに追加される。さらにChelsea Rejectとのリミックス曲をMVとともにリリースする予定となっている。