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「花束みたいな恋をした」 坂元裕二脚本の大ヒット映画がノベライズ

 菅田将暉と有村架純が主演、1月に公開された映画の興行収入は30億円を突破。そう聞くと、よくあるフォーマットの日本映画をイメージするが、作品の佇(たたず)まいはミニシアター的だ。派手な宣伝ではなく、SNSに溢(あふ)れた熱狂的な感想が人を呼び、大ヒットに至った。

 予告編からは恋愛ものという情報しか読み取れないが、あの坂元裕二の脚本ならば、何か仕掛けがあるのだろう。当て込んで劇場へ行ったら、あった! 本作はいわば「俺たちの」映画なのだ。俺たちのとは、同じ穴のムジナを指す。穴というよりポップカルチャーの沼だ。

 有村架純演じる「絹」と、菅田将暉演じる「麦」は、名前のとおり相似形のキャラクター。たまたま一方が女で一方が男だったからこれは恋愛だが、魂の双子のような感覚だろう。その強いつながりを担保しているものが、他ならぬカルチャー志向だ。文化系、サブカル系と言ってもいいかもしれない。

 純文学やマンガ、映画、音楽など、彼らは自己紹介代わりに自分の好きなものを挙げ、固有名詞の一致にかけがえのない絆を見出(みいだ)していく。大学を卒業し同棲(どうせい)をはじめるも、麦は就職するなり「パズドラしかやる気しない」状態に。2人は一気にすれ違っていくのだった。

 2015年からの5年間を時代性たっぷりに描いているが、これはとても普遍的な物語だ。サブカル系の人間は一般社会に出るとある種の死を経験する。激しく摩耗し、社会に適応する過程で人間が作り変えられる。体育会系とも、趣味に生きる確固たる意志を持つオタクとも違う、独特の文化的傾向だ。

 そんな特異な物語でありながら、あくまで主演2人のいちゃいちゃが愛(いと)しい上質なラブストーリーでもある。メジャーとマイナー両方に訴求する射程の長さが大ヒットにつながったのだろう。廉価でイラスト満載のノベライズ本と同時に、1760円でシナリオ本も用意。各購買層を見極めた商売上手だ。=朝日新聞2021年4月3日掲載

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 リトルモア・1100円=8刷10万部。1月刊。「最高の離婚」「カルテット」など数々のヒットドラマを手がけてきた坂元裕二のオリジナル脚本のノベライズ版。