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『拝啓パンクスノットデッドさま』石川宏千花さん、書店員・兼森理恵さん対談(前編) 痛くて切ない「音の小説」

10代の読者に届けたい本

──おふたりは石川宏千花さんが『ユリエルとグレン』(講談社)で2008年にデビューされた頃からの知り合いなのですね。

石川:私が作家デビューしたばかりの頃、当時兼森さんが働いていたジュンク堂書店新宿店でYA(ヤングアダルト)小説の書き手を集めたトークイベントに呼んでいただいたりして、もう10年以上のおつきあいですね。

兼森:私は大人になってから、“世の中にYAという10代の読者に向けて書かれた小説のジャンルがある”ことを知りました。「こんなにリアルでおもしろい作品がたくさんあるんだ。自分も思春期の10代に出会えていたらどんなによかっただろう」と思ったんですよ。だから、書店員として、YAをひとりでも多くの子どもたちに届けたくて、売場フェアや店内イベントを開催していたんです。

石川:今のお店(丸善丸の内本店)に異動されてからは「少年N」シリーズ(講談社)をずいぶん取り上げてくださったんですよね。

兼森:同僚の書店員たちと、棚の並べ方やパネル展示を工夫して、楽しかったです(笑)。「少年N」をはじめ、児童文学でありながらエンターテインメント色が濃い「死神うどんカフェ1号店」「お面屋たまよし」各シリーズ(共に、講談社)のような作品群も魅力的だけど、『UFOはまだこない』(講談社)あたりからのストレートなYAも、石川さんの作品の核を成すひとつですよね。

 『わたしが少女型ロボットだったころ』(偕成社)もそうですけど、特にここ最近刊行が続く『青春ノ帝国』(あすなろ書房)、この『拝啓パンクスノットデッドさま』、『メイドイン十四歳』(小学館)の3作品は、これからの石川宏千花作品を形作っていくYA作品だなと思っています。

石川:その中で『拝啓パンクスノットデッドさま』はどうでしたか?

兼森:痛くて切なかった! 爆音に翻弄されながら、波に乗って運ばれていくような……文体と構造がすごいなと思いながら読みました。「ドン・ドン・ドン・ドン」とリズムが体に響いてきて、これは音の小説だなと。音楽好きな人が読んだら、もっと強くそう感じるんじゃないかな。

石川:実は私だけじゃなく、編集者やデザイナーさん、表紙のイラストを描いてくださった方も、パンクを知っている人たちなんです。偶然そんなありがたいメンバーで本を作ることができたから、逆に音楽をあまり聴かない人におもしろがってもらえるか心配でした。

兼森:パンク愛が溢れていますもんね。書店のYAの棚でも、ピンクの表紙は目を引くと思います(笑)。大丈夫、あまり音楽を聴かない私ももちろんおもしろかったです。

石川:それを聞いてほっとしました(笑)。

青春=YA=パンク

──これまでの石川宏千花さんの作品の中で、音楽小説と呼べるものは今作が初めてですね。なぜパンクをテーマに書こうと思ったんですか?

石川:もともとパンクが好きだったんです。自分にとってはパンクが、思春期に身につけていた鎧のようなものでした。学校で友達にはっきり言いたいことが言えないとか、男の子とうまくしゃべれない、先生のことを怖がってしまうかっこわるい自分を、「実はパンクっていうすごいものを知っている、パンクを聴く中学生という別の顔が私にはある!」と思うことで、みじめにならずにいられたのだと思います。

 ワーッと騒げない子だったからこそ、代理で騒いでくれたり、過激なことをしているパンクな人たちを見て、思春期の屈折した心に折り合いをつけていたんですね。私にとっては、「青春=YA=パンク」なところがあるので、YAの書き手として、いつかパンクを書きたいと、ずっと思っていました。

兼森:パンクをどこで知ったんですか。友達が聴いていたとか?

石川:周囲にはパンクを聴いている人はいませんでした。最初は、本当に偶然だったんです。雑誌の表紙で、髪を逆立てて独特な見た目をしている人を見て「何だろう?」と興味を持ったんじゃなかったかな。『爆裂都市』という日本のパンクの元祖みたいな人たちがたくさん出ている映画もたまたま見つけて、その映画も好きでした。音楽そのものより、過激で驚かせてくれるものとしてのパンク、刺激物としてのパンクに先に出会い、好きになったんだと思います。

兼森:何年生くらいのときですか?

石川:はじめてパンクのレコードを買ったのは中1ですね。日本のパンクバンドでした。最初は恐る恐る聴く感じで、そのうち作家の町田康さんがかつて活動していたパンクバンドの「INU(イヌ)」を好きになったり。高校生くらいになると海外のパンクも聴くようになって、音楽としてのパンクをあらためて好きになりました。

「晴己」という高1の主人公

兼森:私がパンクを聴いたことがなくても『拝啓パンクスノットデッドさま』を夢中で読めるように、石川さんが書く小説の主人公には、誰が読んでも共感できる何かがあるのがすごいところなんですよ。対象読者がボーダレスというか……たとえば書店員として石川さんの作品は、主人公が男女どちらでも、男女どちらのお子さんにおすすめしても楽しんでもらえると思っています。

 でも今回はちょっとびっくりしました。主人公は高1の晴己。弟の中2の右哉の面倒を見ながら、ふたりだけで暮らしてる……。お父さんはいなくて、お母さんはいるんだけどあまりおうちに帰ってこないという物語設定なんですよね。

──「しんちゃん」というお母さんの昔からの男友達が、近所でお好み焼き屋の雇われ店長をしていて何かと様子を見に来てくれるけれど、基本的には小学生の頃からふたりで暮らしてきた晴己と右哉。晴己は、家事をしたりアルバイトを掛け持ちしながら、高校に通っています。

石川:物語を書きはじめたときは、弟の右哉が主人公だったんですが、うまくハマらなくて。だんだん、兄の晴己のほうが主人公になっていきました。

兼森:書いているうちに変わっていったんですか?

石川:そうですね、私はきちんとプロットを立てたりしないので、書きながらだんだん変わっていきました。

 高校生くらいって、自分の特殊な環境にあきらめがついてきたり、何とか現実の中で折り合いをつけていこうという自我が芽生えはじめる年齢だと思うんですが、すぐ横には「(理屈なんか)全然わかんない!」という自由な中学生の右哉がいる。そんな兄と弟を描くことで、晴己が直面させられている、あきらめだったり、苦しさだったりが浮き上がってくるんじゃないかなと思いました。

兼森:晴己はスマホも持ってないし、お母さんが持ってくるお金と自分のアルバイト代でやりくりしながら、弟とふたりで暮らすという不安定な生活の中で、淡々と耐えていますよね。いつか弟の右哉だけお母さんに引き取られて、自分は置いていかれるかもしれないとどこかで覚悟しているところも、すごく切なかったです。

後編へつづきます

(インタビュー・文:大和田佳世/絵本ナビより転載)