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真っ赤なカップの喫茶店 湊かなえ

 20年以上前のこと。年上の友人に連れられて、こぢんまりとした喫茶店に入りました。マスターがお客の第一印象でカップを選ぶ、と評判の店で、カウンター奥の棚に並んだ、色や模様、形も様々なカップを眺めながら、自分の前にはどれが置かれるだろうと、楽しみに待っていたのですが……。

 まず、友人の前には、白地にピンクのバラの花が描かれた、アンティーク調の美しいカップが置かれました。自分の意見をしっかりと持ち、自分がありたい姿でいるためにオシャレを楽しんでいるという、彼女にピッタリの品で、これはすごいぞ!と期待が高まります。

 そして、私の前にも。真っ赤な無地のカップです。きれいな色ではあるけれど、赤が似合うと自覚したことも、他人から言われたことも、人生において一度もありません。

 オーラの色じゃない? と友人が言ってくれたものの、マスターは友人に目が釘付けになって、私は見えていなかったから、手近なものを適当に選んだに違いない、と、ひねくれた解釈をして、もう来ないだろうな、と店を後にしました。

 新年度を迎え、長年お世話になった担当編集者が、数名、変わることになりました。お祝い事を迎える方もいます。何か記念品をと考え、ここ半年で焼き物に少し詳しくなったことから、カップなどの器を贈ることにしました。

 一人ずつ、顔や印象深いエピソードを思い浮かべながら、一番似合いそうなものを選んだつもりでいましたが、ふと、遠い日のことを思い出し、皆さん、箱を開けた時にどんな顔になっただろう、と若干の不安が込み上げてきました。

 同時に、名前も場所も忘れてしまったあの喫茶店がまだあるのなら、行ってみたいとも思います。今度はどんなのだろうと想像し、また同じ赤いカップじゃないか、と一人で苦笑しながらも、案外、私に似合っているのでは? と今の自分なら、納得できそうな気がするのです。=朝日新聞2021年4月14日掲載