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「麻薬と人間 100年の物語」 ギャングの暗躍招いた撲滅運動

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月24日
麻薬と人間 100年の物語 薬物への認識を変える衝撃の真実 著者:ヨハン・ハリ 出版社:作品社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784861827921
発売⽇: 2021/01/29
サイズ: 20cm/501p

「麻薬戦争」とは、米国流の「麻薬撲滅のための戦争」のこと。100年におよぶ「麻薬戦争」の歴史をたどり、「麻薬の危険性」の科学的根拠についても、専門家たちの検証を紹介する。…

「麻薬と人間 100年の物語」 [著]ヨハン・ハリ

 読む前と読む後で目の前の風景が一変する本である。結論はこうだ。100年前にアメリカで始まった麻薬撲滅運動(麻薬戦争)がかえって麻薬依存症を増やし、ギャングに麻薬売買の特権を与えた。「え?」と最初は思った。が、警察官、密売人、依存症者、殺人者、ホームレス、大統領などへの膨大な聞き取り、一次史料の深い読み込み、徹底した自己懐疑力に鍛えられた本書を読んで、エルトン・ジョンから麻薬取り締まり当局者まで絶賛を惜しまない理由がわかった。
 麻薬戦争のきっかけは、麻薬を禁止した1914年のハリソン法である。連邦麻薬局長アンスリンガーは、使用者は黒人ばかりで共産主義者は麻薬でこの国を滅ぼそうとしている、と宣伝し、ジャズ歌手のビリー・ホリデイを標的にして死に追いやった。
 だが、麻薬戦争は目的と正反対の方向に向かう。価格が暴騰し、隠れて運びやすいように濃度を上げる。皆が裏社会から購入するので、ギャングの主な収入源となり、組織は拡大。メキシコの密売人は警察や法廷を買収する。市民が巻き添えになるが、加害者に警察は手を出せない。裏社会の拡大には、麻薬の厳罰化は不可欠なのだ。
 実は、麻薬使用者のうち依存症になるのは1割、その理由は孤独感、幼少期のトラウマ、自分を無価値だと思うこと、ベトナム戦争の従軍など。心の空洞が依存症を生む。逆に、人とのつながりが生まれると麻薬から手を切る人が増える、という具体的な事例が次から次へと紹介される。
 著者は、ポルトガルやウルグアイなど麻薬の非犯罪化や合法化に踏み切った国の調査を踏まえ、合法化の代わりに年齢や濃度や販売基準の規制を強化すれば、使用者は増えても依存症者は減り、ギャングの弱体化につながると主張する。
 依存の主な原因は麻薬ではなく、人のさみしさの深さ。だとすれば本書は社会変革の書でもある
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Johann Hari 1979年、英国生まれ。欧米で活躍するジャーナリスト。本書は18カ国で翻訳された。