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「検閲官」書評 占領の影に浮かんだ劇作家の名

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月24日
検閲官 発見されたGHQ名簿 (新潮新書) 著者:山本武利 出版社:新潮社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784106108945
発売⽇: 2021/02/17
サイズ: 18cm/253p

「検閲官」 [著]山本武利

 占領下の日本で、GHQ(連合国軍総司令部)の中に、CCD(民間検閲局)という組織があった。その通信部門の中心が郵便検閲で、日本人の郵便物の内容分析を行い、日本統治を円滑にするのが目的だった。ここで多数の日本人検閲官が働いていたのだが、この実態はこれまで著者の研究などでわずかに知られていたに過ぎない。
 著者が見いだした資料や当事者の証言などを通して、いささか心理的に屈折せざるを得なかった、この仕事に携わった人たちの心情を分析している。すでに著者や一部の研究者によって、基本的人権を犯す検閲官の位置付けがされていたにせよ、本書は、憲法で通信の秘密を明記しながら、なぜマッカーサーはこんなことをしたのか、と問う。実は西ドイツでも行っていて、「工作成功への自信」があり、不評を上回るほどのメリットがあると分かっていたからだという。
 日系2世の監督官らの証言によれば、犯罪の事前探知のほか、アメリカ兵の犯罪、占領を日本人はどう受け止めているか、などを知ることができ、占領統治の裏側をGHQの幹部たちは確認していたことになる。戦時下の九州帝大の捕虜生体解剖事件などは、この検閲で判明したというのだ。
 2万人以上がここで働いたことになるそうだが、証言する人が少なかったのは、後ろめたさや困窮時の高給などが背景であろう。著者は入手したリストをもとに、高名な劇作家の木下順二が検閲官であったと推定する。彼の能力を踏まえ、むしろこうした仕事を楽しんでいたのかも知れない、と書く。進歩的文化人の側にいた木下の原稿には、「直接的なアメリカ批判」が全くないといい、こうした体験と関わるのであろうとも分析している。
 CCDの検閲は1949年10月31日まで行われた。この組織が残した膨大な資料群がいつか日本に返還されるべきだとの著者の言は当然との感がする。
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やまもと・たけとし 1940年生まれ。一橋大・早稲田大名誉教授。NPO法人インテリジェンス研究所理事長。