小澤英実が薦める文庫この新刊！
- 『地球星人』 村田沙耶香著 新潮文庫 ６９３円
- 『原野（ムーア）の館』 ダフネ・デュ・モーリア著 務台夏子訳 創元推理文庫 １３２０円
- 『かすがい食堂』 伽古屋（かこや）圭市著 小学館文庫 ６３８円
（１）頭の中を激しく揺さぶるワイルドドライブなので「読み物酔い」に注意。社会のシステムの過酷さやいびつさに適応できない三人の男女が、宇宙人としてなんとか生き延びている。だが、まるで人間に肩入れしない語り口が、私たちは刷り込まれてきた常識や倫理の奴隷なのか、ほんとうに自分の生を生きているのかと迫ってくる。驚愕（きょうがく）の展開に吐き気を覚えたとすれば、理性が生理のふりをしている証拠かも。
（２）ヒチコックの「鳥」や「レベッカ」の原作者として知られる、語りの名手によるサスペンス。十九世紀、イギリス南西部コーンウォールの人里離れた宿屋を舞台に、邪悪な陰謀と恐怖がヒロインに襲いかかる。崇高な自然の猛威、悪漢たちの暗躍、危険なロマンスと、ゴシック文学のしびれる魅力がてんこ盛り。粗暴な男たちの脅しに負けないヒロインの威勢のよさも胸が空く。巣ごもり中に時間も場所もはるか遠くに旅立ち、ゾクゾクするスリルを味わえること請け合いだ。
（３）コロナ禍で、子どもたちのＳＯＳはますます聞こえづらくなっている。そんないまの自分になにができるのか、考える機会をくれる一冊。憧れだった映像制作会社を辞め、二十五歳で東京下町の駄菓子屋を継いだ楓子（ふうこ）。貧困、摂食障害、ネグレクト。立ち寄る子どもたちが抱える問題に気づいたとき、店の奥にひと味違う子ども食堂を開店する。ご飯を作り、食べるという営みはささやかだけれど、いのちを繫（つな）げるたったひとつの魔法なのだ。＝朝日新聞2021年5月8日掲載
