村上貴史が薦める文庫この新刊!
- 『柘榴(ざくろ)パズル』 彩坂美月著 文春文庫 891円
- 『第八の探偵』 アレックス・パヴェージ著 鈴木恵訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1254円
- 『ミステリアム』 ディーン・クーンツ著 松本剛史訳 ハーパーBOOKS 1300円
(1)の主人公は一九歳の美緒。祖父と母、兄と妹、そして猫とともに暮らしている。そんな一家のひと夏を五つの短篇(たんぺん)によって描いた本書では、写真館での人間消失事件などが、美緒たちなりの温(ぬく)もりのなかで解かれる様を愉(たの)しめる。だが本書は、それだけの小説ではない。各短篇の間に陰惨な事件を報じる記事がはさまれているのだ。最終話で記事の意味を理解したとき、読者はこの物語の全貌(ぜんぼう)を知り、切なさに震撼(しんかん)するだろう。抜群の良書である。
(2)はこの(1)をさらに複雑にしたような構成で、作中作となる七つの短篇と、それらを繫(つな)ぐ現在視点パートからなる。作中作は、グラントという男が四半世紀以上前に著した私家版の収録作であり、彼独自のミステリ理論の実例として書かれたもの。現在パートは、その私家版のリニューアル出版に向けた編集者の活動が中心だ。つまるところ読者は、短篇での犯人推理、グラントの数学的視点でのミステリ理論、さらに編集者の奮闘の三つを贅沢(ぜいたく)に愉しむことになる。この三位一体は後半で変化するが、それもまた本書の凄味(すごみ)だ。
IQ186の少年と母が、妄執に囚(とら)われた殺人鬼、及び傲慢(ごうまん)な大企業や官憲の悪意によって命を脅かされ続ける(3)。危機また危機で強烈にハラハラさせると同時に、特殊能力を持つ賢い犬の活躍を通じて、人と犬、人と人の交流の素晴らしさも浮き彫りにしていく。犬も含め視点は多いが、さすがはクーンツ、全員を活(い)かし切って終止符を打つ。クオリティー万全の一冊だ。=朝日新聞2021年5月15日掲載