小説の題材にするはずが……白井智之さんが体験したＡＫＢ４８の握手会
高校３年生のとき新人賞に送った短編が１次選考で落選したぼくは、何かの間違いだと自分に言い聞かせ、大学に入ってからも原稿を書き続けた。とんでもない話を書いて、選考委員の度肝を抜いてやろう、と相変わらず身の程知らずなことを考えていた。
三つ目くらいに書いた短編に「女神と鬼」というのがある。タイトルを書くのも恥ずかしいが、内容はさらに恥ずかしく、監禁されたアイドルグループのメンバーが臓器を巡って殺し合う、という映画「SAW」をつまらなくしたような話だった。
この話を書くにあたり、ぼくはアイドルグループなるものについて調べることにした。アイドルに詳しくないぼくでも知っていたのがAKB48だった。当時はAKB48が巷を席巻していた。テレビもラジオも吊り革広告も「ヤングジャンプ」も何もかもがAKB48だった。ぼくは手始めにAKB48の動画を観ることにした。関連動画を見るうちに止められなくなり、気が付くとなぜか１００人くらいのメンバーの顔と名前が分かるようになっていた。
なんやかんやあって、ぼくはバイトで知り合ったＳ君と握手会に出かけることになった。Ｓ君は大学生活で詐欺に３回遭った不運な男で、彼が嵌まっているということはAKB48も似たようなものではないかと思ったが、深く考えないことにした。
会場は岩手県滝沢市の展示場だった。テレビに出てくるようなオタクが勢揃いしているのかと思いきや、芋が服を着たようなのは少なく、普通に恋人でもいそうな若者が多かった。本当に恋人と来ているやつもいた。そんな中に時折、”本物”という感じのおっさんが交ざっていた。
まずライブがあった。ぼくらが案内された後方のブロックからはステージが見えず、パフォーマンスの最中はCDを聞いているのと同じだったが、周りのおっさんがでかい声で叫び続けていて、いったいどうしたんだと訝しみつつ、少し羨ましいような気もした。
休憩を挟んで握手会が始まった。ぼくの推しメンは来ていなかったので、よくテレビに出ていたゆきりんとさっしーの列に並んだ。ブースに入るとまず研究生が立っていた。前のおっさんに倣ってぼくが両手を出すと、研究生が消毒液をぶっかけた。彼女はゆきりんやさっしー目当てのファンの手にひたすら消毒液をぶっかけているのだった。ぼくは「ザ・ノンフィクション」を見たような気分になり、いつか彼女も人気者になってほしいと思った。
先へ進むとゆきりんとさっしーがいた。生のアイドルは「ヤングジャンプ」で見るより肌がべたっとしていて人間臭い感じだったが、どうかと思うほど可愛かった。ぼくはゆきりんに「応援しています」と言った。ゆきりんは笑顔でぼくの手を握って「ありがとうございます」と言った。ぼくはこの瞬間のために生まれてきたのかもしれないと思った。ぼくはさっしーにも同じことを言い、さっしーもだいたい同じことを言った。
こじはると握手をして戻ってきたS君は「おれはでかい男になる」と言った。
２年後、ぼくの推しメンは髭の生えた男とデートをしている写真が流出してクビになった。ショックを受けるかと思いきやそんなこともなく、卒業後は気ままに人生を謳歌してほしいと思った。
研究生だったあの子の名前は覚えていない。
