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「三人の女たちの抗えない欲望」書評 剝き出しの人間知る高揚と虚無

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2021年05月22日
三人の女たちの抗えない欲望 著者:リサ・タッデオ 出版社:早川書房 ジャンル:

ISBN: 9784152100085
発売⽇: 2021/03/17
サイズ: 19cm/423p

「三人の女たちの抗えない欲望」 [著]リサ・タッデオ

 本書は著者が八年に亘(わた)り三人の女性を取材し完成させたノンフィクションだ。前書きには、暮らしを知るため取材対象の住む街に引っ越しもした、とある。
 マギーは高校の頃恋愛関係にあった教師を、別れてから約五年後、性虐待で告訴する。リナは夫とのセックスレスに蝕(むしば)まれ、昔の恋人とダブル不倫に陥る。スローンは夫と、ドミナントとサブミッシブ(支配と従属)の関係を築いており、夫の意志により第三者を交えた性行為を続けている。
 三人のパートが小刻みに切り替わっていく中で、三人の恋愛のみならず、幼少期の出来事、家族や友人との関係、やり取り、両親の生い立ちまで、本人らに憑依(ひょうい)したかの如(ごと)く仔細(しさい)に描かれていく。それぞれが外的、内的な閉塞(へいそく)感に満ちていて、ガス室、長い潜水、気管支炎、と地獄めぐりをしながら息苦しさに悶(もだ)えるような読書だったが、同時にここまで剝(む)き出しになった人間を間近で見る機会は、生きている間ほとんどの人に与えられていないのではないだろうかと、読み終えた瞬間自分が目にしたものの稀有(けう)さを痛感した。
 人間は誰しも己の体験を語る時、自身のフィルターを通したフィクションを語る。そして本書の著者は、三人の女たちの語るフィクションを綿密に描くことによって、彼女たちの鱗(うろこ)を一枚一枚剝がし、最も皮膚の薄い場所にメスを入れ、丁寧に内臓を取り出しその内部をも覗(のぞ)き尽くし、極限まで解像度をあげることに成功している。
 取材対象の三人を、節操がない、判断力がない、自分がない、などの言葉で愚かだと切り捨てる人もいるかもしれない。しかしそれは本質的な批判にはならない。本書は人間を解体し尽くした挙句(あげく)、隙間なく書き込まれた一切虚飾のないカルテのようなもので、その冷静さ、精巧さの前には愚かも崇高も存在し得ず、私たちはただ、人間を一つ知ったことへの高揚と虚無を受け入れる他ないのだ。
    ◇
Lisa Taddeo 1980年、米国生まれ。作家、ジャーナリスト。本書でブリティッシュ・ブック・アワード受賞。