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「古代日本の官僚」書評 さぼりが横行 日本人は勤勉か

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月22日
古代日本の官僚 天皇に仕えた怠惰な面々 (中公新書) 著者:虎尾達哉 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121026361
発売⽇: 2021/03/23
サイズ: 18cm/234p

「古代日本の官僚」 [著]虎尾達哉

 人間は大昔からちっとも変わっていない。日本古代史の専門家が著した本書を読み終わって、うれしくなった。日本が律令国家だった時代の官人(官僚)の間では「怠業、無断欠勤、無断欠席が横行していた」というのだ。何とまあ、親近感が生まれるではないか。
 例えば神亀4(727)年、都を雷雨が襲った。当時の雷は緊急事態だ。侍従は天皇の下に参集せねばならない。ところが彼らは勤務時間中にさぼって、和式のポロに興じていた、と。
 神護景雲2(768)年に天皇臨席で任官式が開かれた。ところが任官予定者の多くが無断欠席。議事進行役が「代返(だいへん)」をした。今の代返は学生が教師をだます行為だが、この代返はいわば、授業の格好がつかない教師の方が行っている。
 ほかにも、正装を無視して流行の着崩しに血道を上げたり、堅苦しい儀式を欠席しながら、打ち上げの宴会だけ顔を出したり……。ここまで来ると、もはや他人とは思えない。
 思わず笑ったのが大宝元(701)年に定められた勤務評定だ。「善」(徳目ポイント)と「最」(成果ポイント)などを積算して「上上」「上中」から「下中」「下下」まで9段階に分け、それを6年分足した総合評価で昇進が決まる。
 著者は述べる。「なかなか緻密(ちみつ)な、というより緻密すぎる評価制度となっている」。制度はもっともらしいが、評価対象の官人がこの体たらくなのだ。しかしこれは笑ってばかりもいられない。現代日本にも「能力主義」を旗印に、労働者の働きぶりを緻密に(!)数値化することに膨大なエネルギーを費やしている会社がいかに多いことか。
 人間は変わらない。その一方で「勤勉な日本人」といった伝統的価値観が生まれたのはさほど古くないことにも気づかせてくれる。
 「働き方改革」を掲げながら、ノルマはむしろ増やしていく。そんな会社で働く皆さまに、これを実用書としてお薦めしたい。
    ◇
とらお・たつや 1955年生まれ。鹿児島大教授(日本古代史)。著書に『日本古代の参議制』『藤原冬嗣』など。