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西川善文『仕事と人生』 危機への対処に経験にじむ

 バブル崩壊後の経済の荒波に処した銀行経営者の中で、今後も名前が残るのは、やはり、西川善文氏だろう。住友銀行を率いて不良債権処理を進め、三井住友フィナンシャルグループに至る経営統合を実現した。

 順風ばかりではなく、メガバンク間の統合先争奪には敗れ、政府に請われて就いた日本郵政のトップ時代は政局に翻弄(ほんろう)された。だが、毅然(きぜん)とした立ち居振る舞いの印象は強く残り、2011年に出版された『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』はベストセラーになっている。

 それから10年。本人死去の半年後に出た本書が売れている。インタビュー後の西川氏の病気で、編集部の引き出しの中で眠っていた原稿を、子息の許可を得て世に出したのだという。自身の経験を交えつつ、会社や組織での働き方や生き方を論じるかたちでまとめられている。

 冒頭では、物事の本質を「シンプルにポイントを絞ってとらえる」、スピードを重視し「八〇パーセントの検討で踏み出す勇気」を持つことを「評価される人」の条件に挙げる。終章の「危機に強い人」では、「不都合な現実」から目をそらさず、必要な見切りをつけ、「自分でやる以外にない」と決意することが重要だという。

 新人や中堅幹部としての心得など、類書に多そうな内容もある。回顧録の抄録的色彩もある一方で、生々しい背景が脱色されて老境で恬淡(てんたん)と語る趣だ。が、それでも一貫して動乱の中に身を置いてきた経験がにじむところが、説得力の核だろう。

 金融再編期から20年前後を経て、経済をめぐる状況は大きく変わった。負の遺産を片付ける荒療治ならともかく、将来の成長に向けた種まきのための「仕事術」が西川氏からどこまで学べるかには、やや疑問もある。

 だが、コロナ禍を見るまでもなく、どんな組織にも危機への対処力が問われるときがある。例えば、五輪の関係者には今からでも、「現実の直視」を説く本書終章を読んで欲しい。=朝日新聞2021年5月22日掲載

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 講談社現代新書・990円=3刷8万部。3月刊。本書は2013~14年のインタビューをもとに編集部がまとめた。