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「ウィリアム・アダムス」 世界情勢伝え「門戸開放」支える 朝日新聞書評から

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月29日
ウィリアム・アダムス 家康に愛された男・三浦按針 (ちくま新書) 著者:フレデリック・クレインス 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480073679
発売⽇: 2021/02/08
サイズ: 18cm/300p

徳川家康の信頼を得て、側近の一人として家康の外交政策に大きな影響を及ぼしたイギリス人航海士ウィリアム・アダムス(三浦按針)。彼は何をなし、どんな晩年を送ったのか。アダムス…

「ウィリアム・アダムス」 [著]フレデリック・クレインス

 本書は、16世紀末日本に漂着し、徳川家康の家臣(旗本)として仕え、三浦按針という名を与えられたイギリス人ウィリアム・アダムスについて書かれている。家康は、キリスト教を弾圧し鎖国を始めた為政者というイメージが強い。ところが、本書が示す西洋側資料を見ると、まったく逆のように見える。家康は「日本の門戸を西洋人に開いて、積極的な誘致活動まで行った」。そして、彼の見事な外交手腕を可能にしたのが、外交顧問としてのアダムスであった。
 私がこの人物に関心をもつようになったのは、5年前に『憲法の無意識』という本を書いたことがきっかけである。そこで私は、戦後日本の憲法、とりわけ1条と9条は、米占領軍の強制により「明治憲法」を改定して作られた、とされているが、むしろ徳川時代にあった国制(憲法)を回復するものだったと述べた。むろん、意識的にではなく、“無意識”に。以来、私は時折、徳川体制について考えてきたが、本書を読んで、その謎が解けたと感じた。私が漠然と推察していた事柄が明記されていたからだ。
 一般に、日本人の西洋に関する知識は徳川時代の蘭(らん)学者に遡(さかのぼ)るものだと考えられているが、実は、家康自身に始まったというべきである。その外交政策は、当時の世界情勢の認識にもとづいていた。それを与えたのが航海士アダムスである。彼は、命がけの航海の末、オランダ船で関ケ原合戦の5カ月前の日本に漂着し、家康に気に入られた。外交問題だけでなく、世界地理や情勢、造船技術、さらに、数学や諸学問の初歩についても教えた、という。
 家康は、できるだけ多くの国と貿易することを望んでいた。それによって日本が豊かになると考えたからだ。アダムスはそれを支持するとともに、イエズス会と共謀して各国を征服するスペインの策略について警告した。しかし、アダムスはイギリス人であったが、イギリスの利益を第一に考えて動くことは決してなかった。さまざまな国の人と分け隔てなく交流し、日蘭関係の友好のためにも活躍した。家康は、オランダに続いてイギリスとの自由貿易を開始した。したがって、家康が鎖国政策をとったことはない。
 以上からいえるのは、アダムスが文字通りの国際人であったということである。ゆえにまた、彼の判断基準は国家・民族ではなく、個人を優先するものであった。家康との関係についても、それがあてはまる。家康の生前、アダムスは日本を去ることが許されたにもかかわらず、日本に残った。いわば友人のために残ったのではないか。しかし、家康の死後は不遇であった。
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Frederik Cryns 1970年、ベルギー生まれ。国際日本文化研究センター教授(日欧交渉史)。著書に『オランダ商館長が見た 江戸の災害』、共著に『明智光秀と細川ガラシャ 戦国を生きた父娘の虚像と実像』など。