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「だるまちゃんの思い出」など稲泉連さんが薦める新刊文庫3冊

稲泉連が薦める文庫この新刊!

  1. 『だるまちゃんの思い出 遊びの四季 ふるさとの伝承遊戯考』 かこさとし著 文春文庫 825円
  2. 『極小農園日記』 荻原浩著 毎日文庫 770円
  3. 『吃音(きつおん) 伝えられないもどかしさ』 近藤雄生著 新潮文庫 605円

 『だるまちゃんとてんぐちゃん』や『からすのパンやさん』など、子供たちに愛され続ける絵本作家・かこさとしさん。彼が自らの幼少時代の四季の遊びを回顧した(1)は、その数々の絵本作品に底流する哲学がほのぼのと伝わってくる名随筆だ。遊びの傍らにあった野花の性質、鬼ごっこや影ふみ、さらには「戦争ごっこ」。まだ言葉を持たぬ子供の目と心に映る風景を読み解き、それを科学する確かなまなざしに、かこ作品が世代を超えて読み継がれる理由を見た気がした。

 (2)は直木賞作家・荻原浩さんの唯一のエッセイ集。旅や小説、音楽のこと……軽快でユーモアあふれる文章に、ピリッとした刺激が加わる。自宅の畑での日々を描く表題作では、苗の成長を見守って一喜一憂する作家の姿に、〈やらなくてもいい余計なことをするのが楽しい〉という家庭菜園の奥深さを知る。庭先の畑をあくまでも“極小農園”と呼ぶこだわりと熱き思い。荻原家の定番料理「きゅうりの挽(ひ)き肉炒め」を作ってみたくもなるはず。

 (3)は様々な理由から理解され難い「吃音」の問題を描くルポ。話したい言葉が思うように出てこない吃音は、当事者を孤独に追いやる。自らもその症状に悩んできた著者は、これまで当事者だけが抱えていた深い悩みを本書で鮮やかに可視化した。ひたむきな取材によって、個々の人生の切実な物語を社会の側が抱える課題と接続し、あらためて位置付ける――ノンフィクションのそんな役割を感じさせる作品だ。=朝日新聞2021年5月29日掲載