生き物たちが森で奏でる音楽
――今回、森と音楽をテーマにしたのは、どうしてですか?
舞台を森にしたのは、いま僕が住んでいる伊豆の暮らしから自然に出てきたものです。田舎に引っ越してから大きな庭が手にはいって、植物や虫がより身近になりました。絵本に出てくるシカもサルもクワガタもムカデも、実際に近所に住んでいる生き物です。この家に暮らしながら感じ取っていたものを、気負うことなく絵本の世界に表現することができました。
空間を描くだけでなく、何か仕掛けのようなものを入れようと毎回思っていて、今回生き物たちが音楽を奏でるという設定にしました。ナナフシは体の形が似ているからフルートにしようとか、クワガタははさむしぐさをする虫だからシンバルを持たせようとか、それぞれの生き物の特徴を考えて、楽器を選んでいきました。擬音語も使いたかったので、「カマキリがバイオリンを弾いたらどんな音がするだろう? キリリリ?」など、音の表現は試行錯誤しましたね。読み聞かせする方が、どう読んでくれるかが楽しみです。
――シリーズ5冊目となると、合わせて500階分の家を描いたことになりますが、個々のアイデアはどんなふうに湧いてくるものなんでしょうか?
1冊目で100の家を描いたときには、もうこれ以上描けない! と思ったんですよ。でも、思いがけず5冊も描けるものですね(笑)。ひとつひとつ違った家を描くといっても、見開き10階の家の中に、食べているシーンは必ず描くようにしていますし、その生き物の体形や生態などを知ったうえで、拡大解釈しながら遊ばせてもらっています。
たとえばシカは、最初は描きにくかったんです。四つ足の大きな動物を擬人化して描くのは難しかった。でも写真を見てポーズを取らせているうちに、徐々に誇張表現をして遊び始めたら、意外といけるなと。シカはオスには立派な角がありますが、メスにはありません。だからメスはマラカスを角の帽子のようにくっつけることにしました。
科学的な内容もわかったうえで、どこまで遊べるかなと考えることが好きですね。カマキリの幼生には羽がないということを知って、描き直したりもしましたが、あまりとらわれすぎると自由な発想が縛られてしまいます。カマキリがそんなことするわけない! というおかしさも入れたくて捕虫網を持たせたり、最終的には、子どもの立場に寄り添って「おもしろい」と思ったほうを選ぶようにしています。
――だから、子どもたちは「次に何が来るだろう?」とワクワクしながら読み進めていくんですね。このシリーズは、保育園などでも夢中になって読むお子さんを見かけます。
僕は、自分の日常生活の中でこんなことが起こったら楽しいだろうなという部分を、この絵本に投影しているんです。代わり映えのない日常を暮らしているところに、あるきっかけで不思議なものに出会って、100階建ての家を探索して、そして帰ってきてからも想像して楽しめたらきっとおもしろい。それは、子どもに楽しんでほしいことでもあるし、自分が体験してみたいことでもあります。
自分の好きなものも、意識的にたくさん入れました。森に囲まれた生活の心地良さや、音楽とかものづくりの楽しさも伝えたいと思いました。ウクレレやギターが好きなので、今回サルに演奏させていますが、これは妻(絵本作家で銅版画家の田中清代さん)がウクレレを弾くので、僕も影響を受けて弾き始めたのがきっかけです。夫婦で裁縫をすることも好きで、カメレオンがミシンで色の変わる服を作るというシーンもあります。僕はなんでも作ってみたいという気持ちが強くて、いまは庭で畑を耕したり、家具を作ったりもしています。「100かいだてのいえ」シリーズの中でも、そういう楽しさを描いていきたい気持ちがあって、身近にあるものを利用して暮らしを便利にしたり、音楽を絵で表現する、というようなことを、なるべく描いていきました。
――絵本を真似してやってみるお子さんも多そうですね。表現している色もカラフルなのに鮮やかすぎず、とてもきれいだと感じました。
実は、色使いは毎回かなりこだわっています。たとえば赤だけもきれいなんですけど、となりにどんな色があるかで、同じ赤でも全然印象が違いますよね。組み合わせが大事なんです。調和と、目を引く色鮮やかさと、両方出したいという思いがあるから、色のベースの部分と冒険する部分のバランスはいつも考えながらやっています。
5冊目の表紙にグリーンを使いたかったことも、テーマを森にした理由のひとつです。最初の作品から並べてみたときに、全部違った色になるほうがきれいだし、見ていて楽しい。だから、自然の世界を描きたかったことにプラスして、この色を使いたかったという気持ちもあるんですよ。
親子でコミュニケーションしながら絵本を楽しんでほしい
――岩井さんは『100かいだてのいえ』でワークショップもよく開催されていますね。どんなふうに絵本を表現しているのですか?
いまはコロナでできていない部分はありますが、家の枠を印刷した白い紙に、好きな動物の家を描いてもらって、それを床に並べて積み上げていくというワークショップをたくさんやりました。最近はそれが立体的になってきて、型抜きしたダンボールの箱の内側に家の絵を描いてもらい、さらに別の紙で人形を切り抜いてジオラマを作っています。石川県の図書館で開催したら、リピーターがあまりに多くて、何千個もの箱が会場を埋め尽くしました。僕の作品を見て刺激を受けてまた作ったり、前の日にできた作品からアイデアをもらって次の子が作ってくれたり、いろんな連鎖反応があったんですよね。
本に同梱(どうこん)したハガキを使って、家を描いて送ってもらうというキャンペーンも、毎回何千枚と送られてきます。中でも印象的だったのが、ある自閉症のお子さんがこの絵本をすごく好きで、真似(まね)したり、オリジナルストーリーを描いたりしてくれたんですね。「ほとんど他の人と会話はできないけれど、この本が親子のコミュニケーションツールになっています」とお母さんからお礼の手紙をいただいたときは嬉(うれ)しかったです。絵本って、そういう役割を果たすものでもあるんだなと感慨深かったです。
――絵本の力が、育児の助けにもなっているんですね。
絵本を読み聞かせることは、小さい子どもたちの心に何かしらを残していると感じます。僕が子どもの頃に触れた絵本もいまだに鮮明に覚えていて、大好きな絵本が何冊もあるんですよ。この『もりの100かいだてのいえ』も、子どもとのキャッチボールが楽しい本ですから、親子でコミュニケーションしながら楽しんでほしいですね。僕が描き切れなかった思いを、読み聞かせる人がどんどん言葉にして読んでいってほしいと思っています。