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「地獄への近道」など村上貴史さんが薦める犯罪小説3点

村上貴史が薦める文庫この新刊!

  1. 『地獄への近道』 逢坂剛著 集英社文庫 638円
  2. 『目撃』 西村健著 講談社文庫 1078円
  3. 『運命の証人』 D・M・ディヴァイン著 中村有希訳 創元推理文庫 1320円

 ベテランが昭和の時代から書き続けている御茶ノ水署シリーズ。その八年ぶりの新作となる短篇(たんぺん)集が(1)だ。小学校の同級生だったチョイ悪警官コンビに同僚の巡査部長を加えた三人が、ラーメン屋とタウン誌のもめごとなど、四つの事件に関与する。各篇(へん)はコミカルに進み、結末で関係者の意外な一面が明かされて幕を閉じるのだが、それぞれの終止符で足音を立てずにそっと着地する様が洒落(しゃれ)ている。まさに練達。

 (2)は、ある殺人事件の目撃者、捜査官、犯人という三つの視点で、各人の思惑が入り交じりながら進む。目撃者は何者かの視線に怯(おび)え、捜査官は独自の手法で罠(わな)を仕掛け、犯人はさらなる行動を起こす。そんな三人の物語は緊迫感に満ちた静けさのなかで進み、そして終盤で爆(は)ぜる。目まぐるしくも意外な展開とアクションの連続は圧巻だ。全体を通して、読者への情報提供や視点の選択、物語の抑揚を著者は巧みに制御しており、情と非情のブレンドも程よい。これぞ娯楽小説という一品だ。

 二件の殺人の罪で裁判にかけられた男の法廷描写と、殺人事件前後の回想で構成された(3)。主人公は被告席の男だ。彼の裁判の行方への興味が、まずは読者をひきつける。そんな読者の関心を、著者は被害者の名を伏せることで、さらにかきたてるのだ。そこに主人公のいささか我(わ)が儘(まま)な恋愛感情も絡んでくる。一九六八年の作品だが古さとも退屈さとも無縁。読了後は満足感とともに、著者の隠蔽(いんぺい)の技巧と伏線の技巧が強く心に残った。=朝日新聞2021年6月19日掲載