澤田瞳子が薦める文庫この新刊!
- 『元禄お犬姫』 諸田玲子著 中公文庫 792円
- 『茶筅(ちゃせん)の旗』 藤原緋沙子(ひさこ)著 新潮文庫 737円
- 『いのちがけ 加賀百万石の礎』 砂原浩太朗著 講談社文庫 946円
近世とは何かと考えさせられる三冊。
(1)時は元禄。主人公は虫愛づる姫君ならぬ、ありとあらゆる犬を手懐(てなず)けてしまう武家娘、お犬姫こと知世。この時代を代表する歴史的事件である生類憐(あわれ)みの令と浅野内匠頭の刃傷事件を背景に、犬を操る盗賊たちの哀(かな)しい事情や主人公の淡い恋、そして他ならぬ犬たちの活躍が絡み合う。繚乱(りょうらん)たる元禄時代を肌で感じられる一冊である。
(2)豊臣・徳川の対立が激しさを増す江戸時代前夜を舞台に、政に翻弄(ほんろう)される宇治の御(お)茶師・朝比奈家の娘の半生を描く長編。戦国期の茶人を主人公とする小説が数多く上梓(じょうし)される中、茶人・古田織部や小堀遠州をあえて脇役に配し、世の混迷に凜然(りんぜん)と立ち向かう女茶師・綸(りん)を活写した本作は、非英雄の眼(め)から戦国の終焉(しゅうえん)と近世の幕開けを捕らえている点、現代歴史小説に馴染(なじ)みのない読者にも手に取りやすい。当時の茶の栽培・精製法や摘み子たちの生き生きとした姿、また時代の変化とともに同業者間の競争にさらされる御茶師の葛藤にも注目だ。
(3)加賀百万石の礎を築いた武将・前田利家。その股肱(ここう)の臣たる村井長頼の生涯を通じ、戦国の乱世をひそやかに、だが緻密(ちみつ)に描いた短編連作。ヒロインたる寡婦みう、利家の糟糠(そうこう)の妻・おまつの二人の女性の姿が、深い覚悟とともに新たな時代を迎える主人公に静かな彩りを添えている。藤沢周平・葉室麟亡き後絶えている武家小説の伝統を継ぐと期待される著者の記念すべきデビュー作である。=朝日新聞2021年7月3日掲載