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氷の作成量には自信 津村記久子

 自信が持てることは常にないのだが、最近氷の生産量に関してだけは自信が持てるようになった。町内の個人では現在もっとも氷を作っている人間だと思う。暑くなってきて氷の消費量が上がったため、大きめのアイストレーを二つ買ってきたのだった。冷凍庫の氷を貯(た)める場所に納まりきらない分を貯蔵する保存容器も二つ買ってきた。ぬかりない。わたしは時間を測って毎日勤勉に氷を作り続け、とにかくいろいろ困っているにしても、氷にだけは困らない人間になった。何でも冷やすぞ。

 好きな食べ物の十番目までには氷が入っている。四角い氷以上に、破片というか、氷をトレーから取り出す時に割れてできる小さいかけらがすごく好きだ。かき氷も、シロップなしが一番おいしいんじゃないかとすら思う。もともと低い社会的信用が落ちることが確実なので、あまり打ち明けるのは気が進まないのだけれども、仕事として恥をかくと、わたしはときどき氷を貯めている場所の底に溜(た)まった氷の破片をスプーンでこそいで食べている。あー言ってしまった。

 そんな話続けるなと言われそうだが、氷を貯めている場所に溜まってゆく小さい破片は、どうにも独特の味があるような気がする。わたしはそれを「冷蔵庫の味」だと思っているのだが、「水道水の味」かもしれない。何にしろお金では買えない味だ。しかもすぐに溜まるわけではないので、ちょっと貴重なものだとも言える。四角い氷を砕けばいいじゃないかと言われるかもしれないけれども、味も食感も違うのだ。

 氷も好きだけど水も好きで、何か自分でおいしいと思うものを作って食べている合間に水を思う存分ごくごく飲んで、あーうまいと独り言を言っていることがある。食べ物はどうしたんだよ。もちろんいろいろ食べている上での氷・水のおいしさなのはわかっているけれども、なんだか自分が幸せな気がしてきた。でもさすがにこれからは破片を器に入れて食べます。=朝日新聞2021年7月7日掲載